想ひてたゆたう調



一年ほど前から、想い続けている人がいる。俺が入部した当初から気にかけてくれている一つ上の先輩で、些細なところに良く気が付く人。サッパリした気さくな性格のわりに小柄で女の子らしく、高身長な部員の中にいる時なんかは、最早小動物と変わらない。

同じクラスの木葉さん曰く『みょうじ? あー……こないだバスケ部のレギュラーに告られてたけど、そういやまだフリー貫いてんな』とのこと。彼女のおめがねに適う男ではなかったのか、部活があるからか。もしかすると好きな人がいるのかもしれない。浮いた話は全く聞かないけれど、だからといってのんびりもしていられない現状に、最近は少し焦っている。


そんな矢先、突き指をした。


「珍しいね。赤葦が突き指なんて」
「すみません」
「痛い?」
「いえ、大丈夫です」


華奢な指が触れる。適切な処置のおかげか、痛みはもう殆ど感じない。綺麗に巻かれていくテープを眺めながら「上手ですね」とこぼせば「そりゃー三年マネやってるからね」と、みょうじさんはゆるやかに笑った。


鼻をくすぐる消毒液の匂い。開けっ放しの窓から野球部の声とともに舞い込んでくる風が、汗を冷やしていく。

たまたま在庫が切れていて良かった。そうでもなければ、体育館から離れた静かな保健室で、二人っきりになれることなんて多分ない。チャンスだと思った。たとえ断られたとしても、今伝えておかなければダメだと思った。


「出来た」


離れようとした手を掴む。小さく深呼吸をして顔を上げれば、長い睫毛が瞬いた。


「みょうじさん」
「ん?」
「好きです」
「……」
「もし良かったら、付き合って下さい」


焦げ茶色の瞳が丸くなる。

時間にして数秒の間が数分に感じられるのは、それだけ緊張しているからか。騒ぎ出しそうな鼓動を宥めつつ、彼女の言葉を待つ。良い返事をもらえないことは百も承知だった。覚悟はとうに出来ている。だからこそ、予想に反して握り返された手に、動揺した。


「私で良いの?」
「え……?」
「や、可愛い子も綺麗な子もたくさんいるのに、私で良いのかなって……」
「……みょうじさんこそ、良いんですか。俺で」
「良いよ」


いつもと変わらない調子で言ってのけたみょうじさんは、手持ち無沙汰に俺の手で遊びながら真っ直ぐに笑う。


「私はずっと、赤葦が良かったよ」


へへ、とはにかんだ頬はほんのり桜色で。
それがあまりに可愛くって、綺麗で、愛しくて。


「俺も、みょうじさんが良いです」


そう返すだけで精いっぱいだった。

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