「なあなまえ。俺が死んだらどうする?」
「は?」


唐突な質問に持ち上げたグラスを置きなおす。隣を見遣れば、荼毘もこちらを向いた。カウンターに肩肘をつき、悠々とナッツを齧る口元が「ガチトーン」と軽々笑う。

そりゃガチトーンにもなるでしょ。私をここに引き入れて、ついでに身も心も掻っ攫って行った張本人が何を言うか。


「酔ってる?」
「いや? まだ飲んでもねえよ」


カツカツ。無骨な爪先が弾いたグラスには、言葉通り透明な液体がなみなみ残っている。死柄木のお守りに行ってしまった黒霧さんが注いだハイボール。

減っていないことくらい分かっている。私の方が先にここへ座っていて、荼毘は後からやってきた。それからずっと隣にいるのだ。ナッツばかりで一滴も飲んでいないことくらい知っている。そもそもその程度で酔うような男ではない。じゃあ、何だ。


「死ぬ予定があるってこと?」
「そういう訳じゃねえけど」
「じゃあどういう訳?」
「そう怒んなよ」
「知ってる? そういうの、お話の中では死亡フラグって言うんだよ」
「悪かったって。気になっただけだ」


おざなりに伸ばされた指の背が、頬を撫でていく。つい睨んだ瞳は優越的に細まり、そんなに不安がるとは思わなかったのだと笑う声は、心なしか嬉しそうに鼓膜へ浸透した。


「馬鹿だなお前」


呆れ混じりの、愛おしげな眼差し。俺といたって幸せになれねえのに、なんて嘯くその胸ぐらを少々強引に引き寄せ、触れるだけのキスをする。

くすぶっていた私を馬鹿な女にしたのも、そんな馬鹿を好きになったのもさせたのも、何度も何度も私で良いのって聞いたのになまえが良いんだと口説き落としたのも、全部荼毘の方じゃんね。

珍しく丸まったエメラルドグリーンへ、そう口角をつり上げてみせる。


「私の幸せは私が決めるから安心して」
「……やっぱ良いな、そういうとこ」
「好きってこと?」
「ん」


お返しされたキスは、酒のつまみに丁度いい味がした。

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