紙面に垂れた髪を掻き上げる。横線にそって今日の練習メニューと備品状況を記しながら、テーピングがそろそろきれそうだったなとか、そう言えば古森が「買っとくよ」って申し出てくれてたなとか。そんなことをつらつら思い出して、ペン先を走らせる。

と、聞き慣れた声が一直線に届いた。


「まだ?」


顔を覗かせたのは、マスク姿の臣くん。部員は着替え終わってから部室の鍵を。私は部誌を書いてから体育館を閉める。バレー部はそういう役割分担がデフォルトなんだけれど、わざわざ迎えに来てくれたらしい。ってことは、皆もう帰ったのかな。

「もうちょっとだよ」って、また流れ落ちた髪を耳にかける。息を吐いた臣くんは隣に座って、肩からエナメルバッグをおろした。


「毎日熱心だな」
「そりゃあね。部も皆も大事だから」
「それ俺も入ってんの」
「もちろん。どっちかって言うと臣くんの方が大切かな」


視線はノートへ落としたまま。やっぱり文字を書き込みながら「ふーん」って気のない返事に耳を傾ける。落ち着いたその声を近くで聞く度、好きだなあって心が弛む。たぶん臣くんは私だから迎えに来てくれて、私だから待ってくれるんだろう。大切じゃないわけなんてない。


紙面の白に弾かれた夕陽が眩しい。さらり。また落ちてきた髪が光を遮断する。今日はピン留めを忘れてきてしまった。ついこの間髪を切ってからというもの、どうも扱いにくくて仕方ない。いっそ書き終わるまで押さえていようか。

そう上げた手は、けれど、役目を果たすことなく捕らわれた。

高い体温。一回り大きくて、ごつごつした男の人の手。長い指が絡められ驚きのあまり顔を向ければ、今度はじっとりした眼差しに意識ごと捕らわれる。


「俺にも構って」


大切なんだろ、と言わんばかりの、まるで拗ねたような甘えるような、ちょっと下からの言葉。烏羽色の瞳に数舜呑まれ、微笑む。

可愛いなあ。私のこと、凄い好きなんだろうなあ。


「あと四文字待ってて」


そしたらたくさん構ってあげるから。

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