昨晩、買い物をした帰り、小さな女の子とぶつかった。泣き出しそうな顔をしたその子は「ごめんなさい」としっかり謝ったので、優しい言葉をかけてから手を振った。思い当たる節なんてそれくらいだ。ぶつかってごめんなさい。そういう意味だと思っていたのに、ああ、もう。私のバカ。


「今日は帰っていいですか……」
「アホか。それくらいで帰ってどうする」
「体調に影響はなさそうだから大丈夫よ」


目前の相澤先生とリカバリーガールの言葉に、自然と溜息がこぼれた。

本心を言う個性。嘘をつけない個性。言い方は何でもいい。とにかく、私はそんなような個性にかかっているようで、思ったことをそのまま素直に言ってしまうらしい。幸か不幸か、強制的に喋らせるものではないようだから、口を開かなければ問題はないのだけれど、まあそんなことが出来るはずもなく。

一番問題なのは、瞼の裏に浮かぶ吊り上がった赤い瞳。

再度相澤先生に交渉を試みたけれど、ヒーローが個性事故に遭ったくらいで休むと思うかと言われてしまえば、ぐうの音も出ない。せめてものマスクをもらって、渋々教室に戻った。



案の定突っ掛かってきた爆豪は、とりあえずスルーすることに成功した。ちょっと胸が痛いけど耐えろ私。頑張れ私。そう言い聞かせること約一時間。授業の内容すらまともに入らなかった中、私の机を壊す勢いでぶっ叩いた爆豪の、それはそれはお怒りな吊り目に捕まってしまった。


「俺を無視たぁ、随分といい度胸してんじゃねえかクソ女…」


ぴきぴきと浮かぶ青筋。低い怒声。クラス中が凍ったのは言うまでもなく「表出ろやクソが!!!」と強引に首根っこを掴まれれば、絶対に嫌でも従う他なかった。

無理やり連れてこられた裏庭で、カツアゲよろしく壁に押し付けられた背中が痛い。両手を挙げて降参の姿勢をとったところで、彼のイライラがおさまる気配はなく、焦る頭で打開策を考えている内に、つい、意識が逸れてしまった。


「無視するしかないんだからしょうがないでしょ…」


どうかこのぼやきが爆豪の耳に届いていませんように。

そんな願いも虚しく「あ"?どういうことだコラ」と眉を寄せた彼の指先に、マスクをずらされる。上手く回らない頭がパニックになりそうで、非常にやばい。
取り敢えず口を噤んではみたものの、更にイラッとした様子の彼に、耳元で個性を披露されてしまった。キーン、と響く耳鳴り。理不尽な仕打ちにせり上がった言葉は、もう抑えきれなくて。


「個性事故に遭って今本音が隠せないの!頑張ってんだからそっとしといてよ!」
「あ"!?開き直ってんじゃねぇわクソが!それとシカトとどう関係あんだぶっ殺されてぇんかてめえ!!!」
「関係あるし!バレるかもしれないじゃん!」
「何がバレんだ言ってみろや!!」
「だから、っほんとは好きだってこと!」


ああ、やってしまった。

これでもかと言うほど吊り上がっていた目前の瞳が、一瞬にして点になる。


「……………は?」


たっぷり間を置いた爆豪は、そう、声を漏らした。穴があったら入りたいどころか、もはや埋まりたい。誰か沈めてくれってくらい恥ずかしいし辛いし、もう色々やばい。こうなるから嫌だったのに、とこぼれた自分の声と共に、ずるずる座り込む。
ミステリーものの演習なんかじゃバカなくせに、変なところで察しのいい爆豪のことだ。誤魔化したところで、もう遅い。


「……好きなんか、俺が」
「……………………うん」


三角に折った膝へ、額を押し付ける。

私のバカ。ほんとバカ。何度自分を罵ったところで、事態は変わらない。絶対爆豪には気付かれないでおきたかった。そもそも伝える気さえなかったというのに最悪だ。墓場まで持っていくはずだった想いを、まさかこんな形で吐き出すことになろうとは。


真っ暗な視界の中「おい、顔上げろ」と旋毛をぐりぐり押される。痛い。
仕方なく従えば、いつの間にかしゃがんでいた爆豪が、片口をあげて勝ち誇ったように笑った。

付き合ってやってもいい、なんて、ほんとどこまで俺様なの。どこから目線なのバカ。まあそんな自信家なところも好きだけど。
なんて変なことを口走ってしまう前に、マスクを元の位置へ戻してから「よろしくお願いシマス」とデコピンしてやった。やり返された。

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