よく分からない距離感だった。お互いプロのヒーローを目指していて、その為に情報を共有したり、自主練の相手になったり、アドバイスをし合ったり。家に行ったこともあれば来たこともある。間違っても他人ではなかった。ただのクラスメートでもなかった。でも、じゃあ何なのかって言われると返答に困る。友達よりは親しくて、山田や白雲には敵わない。


画面をスクロールしながら、カフェラテを喉へ通す。時間は有限。休憩がてら入った喫茶店のテラス席。暇潰しにデータ整理でもと連絡先を開いたはいいけれど、消太の名前は変わらず消せそうになかった。

切なさ、後悔、無力感。じわじわ滲んで胸を締め付けるこれは、たぶんそういう類のものなんだろう。全く未練がましいと笑ってしまう。離れてから気付く、なんてよくある話。きっと好きだった。他のどんな男と付き合ったって、あの心地よさは得られなかった。なんだかしっくりこなかった。この歳になって、まさか恋しくなるとは思わなかったけれど。


「……」


してみようかなあ。電話。今忙しいかなあ。日曜日って何してるんだろう。家で寛いでいる姿はあまり想像出来ない。元気かなあ。迷惑かなあ。うだうだ悩んで、もう何年になるのか。きっと消太は私のことを思い出す瞬間さえないのだろう。彼女や奥さんがいたっておかしくない。

やっぱりやめよう。不毛だ。

そう溜息を吐いて視線を伏せるや否や、鼓膜を揺すった低い声とイスが底を擦る音に、全神経が固まった。


「何だ。幽霊でも見るような顔だな」
「……消太?」
「久しぶり、なまえ」


コーヒー片手に向かい側へと落ち着いた彼は、懐かしい笑い方をした。

テレビで見たようなスーツ姿。聞けば家庭訪問の帰りらしい。同行者が買い物をしたいと言うから連れてきたのだと、少々面倒くさそうに教えてくれた。


「たまたま入ったらお前がいたから驚いたよ」
「それこっちの台詞。ビックリした」
「だろうな。誰か待ってるのか?」
「ううん、一人」
「そうか」


柔らかな風が頬を撫でていく。ふわりと浮上した心が、例えばソファにゆったり沈んでいくような感覚。ずっと恋しかった穏やかな心地と空気感。コーヒーを持つその左手に、指輪はない。

「元気そうだね」「まあそこそこな」「雄英どう?」「相変わらずだ」「彼女は?」「いると思うか?」なんて短い言葉の応酬。どんどん胸が膨らんでいくこれが、きっと好意ってやつなんだろう。好きってことなんだろう。淡い記憶が蘇り、まるであの頃に戻ったような錯覚に浸る。


「そういうお前はどうなんだ」
「いないよ」
「へえ、意外だな。てっきり子どもでもいんのかと思ってたが」
「やだなあ。そんな所帯染みて見える?」
「いや」


良い女に見える。


もう一度、さっきと同じように全神経が沈黙する。ただの冗談か、それとも本気か。寄越された一瞥ではあいにく判別出来そうもない。けれど、そう言えば昔から、意味のないことは言わない人だった。


「……ねえ消太」
「何だ」
「私フリーだよ」
「みてえだな」
「狙うなら今の内だよ」


飛び出そうな心臓を喉の奥へ押し留め、平気なふりをしながらカフェラテに口をつける。上目に窺った消太は小さく吹き出して「馬鹿だな……お前も俺も」と、懐かしい笑い方をした。

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