「なあ、やっぱタクシー呼んだ方がいいんじゃねえか?」
「だいじょーぶ。ちょっと足もつれるだけ」
「いやそれ全然ちょっとじゃねえし」
「いけるいける」
「はぁ……」


盛大な溜息のあと「わりぃ」って声。一体何に対しての謝罪か。謝られるようなことなんて、てんで思い当たらない。

アルコールに浮かされてふわふわ飛んでいってしまいそうな思考を捕まえながら首を捻った刹那。少々強く腰を抱かれヒールが傾く。呆気なくバランスを崩した体は、けれど、いつの間にか隣へ来ていた切島がしっかり全身で支えてくれた。どうやら謝罪ではなく、ただの断りだったらしい。

人肌の温度が安堵を誘う。鼻腔に広がるスッキリとした香りは、ついこの間私が贈ったオーデコロンか。イメージ通りよく似合っていて、なんだか嬉しい。スーツ越しに感じられる体付きは当然がっしりしていて、すっかり大人の男。


「心配だし送ってくわ」
「ありがと」
「歩けそうか? なんなら抱えてくけど」
「だいじょうぶ。歩けるよ」


優しいなあもう。
くすくす笑って、一歩踏み出す。


若手ヒーローの懇親会なんて名目で存分に楽しんだお酒は、それはそれは美味しかった。切島とは管轄が近いおかげでちょこちょこ会っているけれど、忙しさのあまり疎遠になった懐かしい顔触れも揃っていたりして、つい飲みすぎてしまったのは不可抗力だと思いたい。まあたまにはいいよね。同窓会みたいで面白かったし、明日に響かなければそれでいい。


「にしても、お茶子ちゃんが結婚してたとはねー」
「あーな。すげえアプローチされたっつってた」
「聞いた聞いた。高校の時からずっと好きだったんでしょ? 旦那さん」
「らしいな」
「良いよねー。大恋愛って感じで」
「……みょうじはそういう相手いねえの?」
「残念ながら。切島は?」


ふわふわしたまま。あっちへこっちへ遊ぶ体を支えられたまま。頭一つ分高い位置にある瞳を見上げる。

軽い気持ちだった。後輩からも先輩からも人気があった彼のこと。可愛い彼女がいても不思議じゃない。ああでも、どうだろうな。昔から誠実だしそんなに器用でもなかったし、心に決めた相手がいるなら、こんな風に私を家まで送るようなことはしないかもしれない。


夜の最中、二人分の不規則な靴音が止まる。私の歩みも自然と止まる。ゆるりと降ってきたのは、珍しく真剣な躊躇いを孕んだ視線。いつだって曇りのない真っ赤な夕陽が棲んでいる、綺麗な眼。

「切島?」って、首を傾ける。
「俺は」って、ギザギザの鮫歯がちらり。


「俺は、ずっとお前のこと見てた」


強まった腕の力は、たぶん無意識だろう。じゃなきゃ、とんだ確信犯だ。こんな男前に等身大で縋られて、嬉しくない女なんているはずがない。


「嬉しい」


逃げようったって逃げられない温度に、大人しく身を寄せる。やっぱりふわふわした熱に浮かされたまま。ジャケットを掴んで「これからも見てて」と、背伸びをした。

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