日曜日のお昼前。頼まれていた書類を手にノックした扉の向こうから、返事はなかった。常日頃、時間は有限だと口にしている合理主義な彼のことだ。昼まで寝こけているとは考えにくい。もしかしたら何か買いに出掛けているのかもしれない。うーん。

まあ試しに、とドアノブを捻ってみれば、すんなり開いてびっくりした。


「相澤せんせ?」


勝手にお邪魔するのもなあ、と思いつつ顔だけ覗かせる。相変わらず無駄なものが何もない簡素な部屋の端。殆ど使われていないだろうベッドが、人一人分くらい盛り上がっていた。珍しいこと続きに目を白黒させ、脳裏を過ぎった一抹の不安に顔を顰める。プロヒーロー故か性分か、基本的に人へ頼ることを知らない人だ。包帯だらけのミイラになった時もそうだった。


「相澤さん、大丈夫ですか」
「ん"………、? ああ……みょうじか」
「はい。みょうじです」
「今何時だ」
「十一時半を過ぎたくらいです」
「もうそんな時間か……」
「調子悪そうですね」
「少しな」


一向に起きようとしない相澤さんはもそもそうつ伏せになり、背中を丸めた体勢で止まった。若干声がおかしいのは寝起きだからか、それともただの乾燥か。体調が良くない自覚はあるようだし、もしかしたら風邪かもしれない。

取り敢えず抱えたままの書類を机の端へ落ち着かせ、勝手知ったる引き出しから体温計を取る。「熱測ってください」とこんもりした布団をぺすぺす叩けば、生返事と共に伸びてきた手がさらっていった。加湿器がないようなのでコップ一杯の水を置き、薬箱に入っていた期限内の市販薬を開ける。後はご飯だけれど、まあ下手に作るよりはいつも飲んでいるゼリーの方が良いだろう。栄養があって流し込めてお腹に優しい。私も病気の時はよくお世話になる。


「……みょうじ」
「はいはい。何度でした?」


ん、と渡された体温計を受け取って数字を読む。うん。どこからどう見ても三十八度四分。結構ちゃんと熱って感じだし、間違ってもちょっと調子が悪いレベルではない。せめて連絡くらい寄越せませんかねこの人は。

溜息を吐きながらゼリーを差し出す。「飲めますか」と声を掛ければ、もそもそ身じろいだ。寝転んだ状態で器用に胃へ収め、ついで薬もしっかり飲んだその額へ冷えピタをぺたり。


「悪い」
「どういたしまして。不調な時くらい素直に甘えてください」
「……善処する」
「何か欲しいものあります?」
「……」


逡巡するように宙を漂った視線がこちらを仰ぐ。いつもと変わらないように思う三白眼は、それでも少し熱っぽいか。じっと見つめられ、微かに上がっていく心拍。刹那、紡がれた彼の言葉が私の時を止めた。


「お前」


瞬き数回。言葉を呑み込むまでに要した時間分驚いて、ただ皮膚の内側から膨らむ熱をどうにかこうにか留める。


「移ったら相澤さんのせいですからね」
「甘えろって言ったのはお前だぞ」


おかしそうに、けれど悪戯に口端で笑った彼は「良いよ」と、隣に潜り込む私を許容した。「全部俺のせいにしてくれ」と、珍しく私の腰を捕まえて首元に鼻先を埋めて、まるで心の安寧を保つように深く息を吸い込み、それからゆったり落ち着いた。

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