ぽすん。そんな可愛らしい効果音を引き連れて、背後から私の肩口へ埋まったはじめに驚く。珍しいこともあるもんだなあって眼をぱちくり。首に触れる短い髪をくすぐったく思いながら、シャーペンを置いた手でさわさわ撫でる。

疲れたのかなあ。忙しいもんなあ。部活に勉強、おまけに私。ねだったことなんて勿論一度もないけれど、優しい彼はこうして定期的に時間を作ってくれる。私の為ではなく自分が会いたいのだと、照れくさそうに誘ってくれる。

さあどうしよう。この場合、どうしたの?って尋ねるよりは労う方がいいのだろうか。彼の心へ寄り添うには、一体どちらが正しいのか。


グラス内の氷がカランと揺らぐ。ゆったりした吐息が鼓膜を揺すって、離れゆく温度が名残惜しい。


「……はじめ」
「ん?」


振り返った先。床から腰を浮かせ、所謂ヤンキー座りの体勢で止まった彼は「なまえ?」と不思議そうに瞬いた。

言いたいことは上手く探せない。相変わらず数多の言葉が喉元で燻る。はじめの前ではいつもそう。どうせ声に出したところで、伝えたい気持ちの半分も表し切れやしないのだからどうってことはない。不便もない。だから全部放棄して、代わりに体温を交わす。隙間を埋める。普段は高い位置にある顔が、今はこんなに近いから。


一瞬びくりと波打った肌。抱き着き様に遠慮なく体重を乗せれば、そのまま腰を下ろしたはじめから嬉しそうな笑い声があがった。


「何だよ。どした」
「んーん。何も」
「何もってことねえべ」


温かい手のひらが背中をあやす。じんわり広がる温もりに比例して、じんわり増幅する想いが愛おしい。首に回していた腕を解いて、大人しく足の間へ座り込んで。笑うと途端に幼くなる目元を上目に窺う。口端を緩め小さく息を吐いたその眼差しは、陽だまりのようにやわらかく、心地がいい。

真正面からそうっと抱き締められ、さっきはじめがそうしたように、彼の肩口へ顔を埋める。とくん、とくん、って鼓動の音。息をする度幸せになれるはじめん家の匂い。私を魅了してやまない、少し硬い低音。


「お前といると落ち着く」
「私もだよ。安心する」
「……おう」
「もしかして照れた?」
「いや、まあ……普通に恥ずかった」
「言い出しっぺのくせに」
「うっせ」


きっと照れ隠しだろう。強まった腕の力に痛いよって笑いながら、負けじと抱き締め返す。

言葉は必要最低限。そんなに多くなくたって解り合える。通じ合える。何も言えなくたって、上手く伝えられなくたって。重なった心音や混ざった体温それら全てが、私とはじめをいつだって真っ直ぐに繋げていてくれるのだ。

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