「ぎゅってしたいです」
「そうか」
「そろそろちゅーもしたいです」
「また今度な」
「今度っていつですか?」
「なまえ」


視線は書類に落としたまま。私を片手間に手招く消太さんに近寄れば、よしよし頭を撫でられた。違う。嬉しいけどそうじゃない。こうしてはぐらかされるのはもう何回目か。五回を過ぎたあたりから数えていない。

想い続けて三年目。ようやく好意を受け取ってくれた消太さんは、相変わらず先生の顔を崩そうとしない。可愛がってもらっている自覚はある。昼間だけとは言え、先生の部屋へ入ることを無条件に許されているのは私くらいのもので、二人っきりの時はさっきみたいに名前で呼んでくれるし、近場のインターン先で怪我をした時は、担任でもないのに忙しい合間を縫って様子を見に来てくれた。特別感はひしひし感じている。甘やかしてくれないのも別にいい。意外と硬派なところも、鈍いところも好き。なわけだけれど。


「しょーたさん」


いい加減、こっちを向いてくれたっていいじゃないか。


「私のこと、どう思ってますか」
「どうって何だ」
「生徒とか彼女とか、大事とかそうじゃないとか、いっぱいあるじゃないですか」
「そうだな……」


ようやく顔を上げた消太さんは、考えるように宙を仰いだ。そうして何か思い付いたのだろう。はたとこちらを向いて、気のない三白眼を丸める。


「お前、拗ねてんのか」
「拗ね……ってはないです」
「……」
「……」
「……ふっ」
「ちょ、笑わないでください。拗ねてないですってば」


俯きがちに口元を押さえ、震え出した肩をぺしぺし叩く。本当に拗ねてなんかないし、構ってくれなくて寂しいとかでもない。ただお年頃なだけである。繊細な乙女心を笑うなんてひどい。


「悪い悪い。大切にしたいと思ってるよ」
「……じゃあ笑ってないで大切にしてください」
「してるつもりだが」
「ぎゅーしてちゅーしてください」
「お前な……」


こぼされた苦笑に口を尖らせれば、また頭を撫でられた。さっきと違って、今度は宥めるような手付き。もちろん嬉しいことに変わりはないけれど、そうじゃない。でも悔しいかな。やっぱり嬉しさが勝る。好きな人に触れてもらえるって言うのは、何にも代えがたい幸福感と同等。

撫で受けながら複雑な気持ちの狭間で揺れる。と、唐突に肩を抱かれた。声を発する間もなく近付いた唇が目前で小さく笑い、そのまま耳元へ寄せられる。彼特有の艶やかな低音が、鼓膜を襲う。


「卒業したらな」


あーあ。ずるい。本当にずるい。消太さんは知っているのだ。付き合う前からずっと。こうして至近距離で囁けば、私が黙るってことを。

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