手首を掴まれ、踏み出しかけた足を引っ込める。斜め下へおろした視界には、缶ビール片手に胡座をかいている消太。


「その格好でコンビニ行く気ですか」
「え、そうだけど?」


寄せられた眉根に首を傾ける。その格好って言われても、何てことはないいつもの部屋着姿だ。薄手のパーカーにショートパンツ。みっともないってことはない。まあ仮に彼の感覚ではみっともなかったとしても、コンビニはこのマンションの一階にあるし入口もロビー内。夜の店員は、既に煙草の銘柄を覚えてくれている気のいいおばちゃんだった。

消太だって知っているはずなのに、一体どうして引き止めるのか。ぷんぷん腕を振ってみせたけれど、生憎ごつごつした手は離れてくれそうにない。


「ねえ、お酒買いに行きたいんだけど」
「せめてスカートか何か履いてください」
「生足がダメってこと?」
「蚊に噛まれます」
「いいよそんくらい。じゃあ行ってくるね」
「あなたって人は……」
「ちょ、っ、!」


体が傾く。予想を遥かに上回る強い力で引っ張られ、ふわり。受身を取る前に、無事彼の腕へと抱き止められた。

さすがはプロヒーロー。たぶん消太からすれば、軽く引いただけのつもりだったのだろう。まさか私が、こんなにも呆気なく倒れるだなんて思ってもみなかったに違いない。その証拠に、見上げた先の瞳は驚きと安堵を宿していた。


「ビックリしたよ消太」
「すみません。俺も驚きました」
「でしょうね」
「もうちょっと肉食ってください」
「消太の力が強いだけだと思うけど」
「なまえさんが軽いんですよ」


そんなことないよって言葉は、キリがないので呑み込む。代わりに素直なお礼を口にして、さあそろそろって抜け出そうとしたのだけれど、あろうことかそのまま抱き込まれてしまった。どうやらコンビニに行かせてくれる気はないらしい。困った。ちょっと身じろいでみたけれど、残念ながらびくともしない。私だってプロの筈なのになあ。一度死にかけて、病院で消太に泣かれてからと言うもの、ヒーロー活動をかなり制限しているせいか、ちょっと鈍ってしまっている感が否めない。

仕方ない。敵わないものはどう頑張ったって無理だ。息を吐きながら脱力する。まあ、消太の体温は嫌いじゃない。私と同じシャンプーの香りも、上手い具合に贅沢な優越感を掻き立ててくれる。


「スカート履いたら行ってもいい?」
「長いやつにしてくださいよ」
「やっぱり生足がダメってこと?」
「ダメと言うか……まあ……」


合理性を尊重する彼にしては珍しい歯切れの悪さに、つい口角が上がる。一体どんな言い訳を探しているのやら。淡々としているように見えて、存外私に惚れ込んでいるその両頬を手のひらで包む。アルコールの匂いが漂う中、逃げようとした視線は至近距離で捕まえた。


「相澤消太くん」
「……はい」
「正直にどうぞ」
「……」


少しの沈黙を経て漸く観念した消太は「他の男に見せたくないだけです」と、溜息混じりに白旗をあげた。

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