先にベッドへ入った彼の隣へ、そっとお邪魔する。最初ははじめくんが床に布団を敷いて寝るって話をしていたけれど、それじゃあ申し訳ないから私がって押し問答になった末の着地点。

あんまり寄ると狭いだろうから、定位置は端っこ。幸い寝相は良い方で、こうして泊めてもらって何度か一緒に眠った過去、床に落ちたことは一度もない。


スマホに充電器を挿し、電気を消す。なんにもなくたって勝手に高鳴る鼓動を落ち着かせていれば、てっきり眠っていると思っていたはじめくんに「なまえ」と呼ばれた。カーテン越しの月明かりが存外綺麗に輪郭を浮き立たせ、じいっとこちらを見据える眼差しさえ可視化する。逡巡するように首裏を掻いた彼は、少し肩を竦めた。


「寝にくくねえか?」
「大丈夫だよ」
「……」
「?」


何が言いたいんだろう。何が聞きたいんだろう。時々彼は間接的な言葉を探す。そうして見当たらないのか、上手く探し切れないのか。その大半が判然としないまま閉ざされてしまう。

付き合い始めた当初は分からなかった。はじめくんが傍にいるってだけでいっぱいいっぱいで、些細な変化に気付ける余裕なんてこれっぽっちもなかった。でも今はなんとなく分かる。心の中まではさすがに見えないけれど、なんとなく、何か言いたいことがあるんだろうなってくらいは――。


そっと伸ばした手のひらで、無防備な頬に触れる。親指の腹で、くすぐったそうに細まった目元をなぞる。少しでいいから、その心に触れてみたかった。触れさせて欲しかった。


「どうして?」
「いや、その……お前いつも端で寝るだろ」
「うん」
「俺に、気ぃ遣ってくれてんだろうなって思ってよ」


ぎこちなくこぼされた声が「何つーか、どう言や良いか分かんねーけど」と苦笑する。それから、私の全意識を容易くさらっていった。


「たまには甘えたって良いんじゃねーか?」


なんて優しく響くんだろう。拾った鼓膜から胸の内側へ滲む温もりに、吐息が洩れる。

好きで好きで仕方なくって、玉砕覚悟で申し出たお付き合いに応じてもらえて、傍でいることが当たり前へと変わりつつある日々の中。甘えていないつもりは少しもなく。勿論どきどきするから息はしづらいし、なんなら押し寄せる幸福の波に溺れてしまいそう。なのにまだ、これ以上が許されるって言うのか。ねえ。それこそ私、死んでしまうよ。


肌がシーツを滑る。躊躇いがちにあけられた腕の中へ身を寄せれば、幾度となく私を夢中にさせたその温かい手で、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。「好き」って二文字は、彼の唇が溶かしてくれた。

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