恋をすると苦しい。そんな、少女漫画で良く描かれている気持ちを自分が体感するなんて、昔は想像もしなかった。バレーボールを始めるずうっと前。一緒に駆けっこをしては時折転んでぴーぴー泣いていたあの頃、侑は私の一番だった。繋いだ手が離れてしまったタイミングなんて、今更思い出せやしない。

彼との間には、いつも黄色い声をあげながら媚び諂う女の子達の壁がある。おまけに好きな子がいるらしい。嘘か本当か、風の噂でそう聞いた。

イケメンと名高いあの侑が気に入るくらいだ。きっと素敵な女の子なんだろう。誰にでも分け隔てなく優しくて、美人で可愛くて色気があって。たとえば全校生徒が羨むマドンナみたいな、同性から見ても非の打ち所がないような、完璧な女の子なんだろう。私では到底敵わない。侑の中に、もう私はいない。想い人と治と、バレーボールと部員。それ以上はもう、留まれやしない。

悲しくはない。寂しくはない。だってそもそもご近所さんなだけだし、完璧な女の子になる為の努力だって私は出来ない。そこまで頑張れる人間じゃない。仮に努力して作りあげたとしても、それは私であって私じゃない。ただ苦しいだけ。ただ苦しい方が、誤魔化しやすいだけ。


ブランコに座って、今日もバイト疲れたなあって頭をリセットする。痛む胸も、全部空っぽに。


「なまえ、お前こんな時間に何し……なまえ?」
「……」


ああ、最悪。何で今なんだろう。何で今日なんだろう。せめて学校だったならもう少し自制心が働くだろうのに、何でかなあ。いつもいつも、タイミングの悪い男。


「……泣いてんか」


自分の膝と地面だけだった視界に、しゃがんだ侑が入り込む。久しぶりにこんな近くで声を聞いた。焦った様子で「どっか痛いん? 何かされたんか?」って伸ばされた大きな手が、無遠慮に頬を撫でていく。止まらない涙を拭っていく。

強いて言うなら、どっちもかな。

苦し紛れに笑みを象った表情筋を誰か褒めて欲しい。「なに笑とんねん」って怒るんじゃなくて、褒めて欲しい。侑のせいやでって言わない私を、ねえ、誰か。


「放っといて」
「アホ言うなや」
「侑には関係ないやん」
「あるわ」
「何で?」
「……はよ帰らんと、お前んとこのおかん心配して俺らに捜索願い出すやろ」
「ああ……ほな帰る。それでええやろ」
「なんも良うないわ」


浮かせかけた腰は、侑の手によって遮られた。虚勢で塗り固めた言葉さえ跳ね返されて、八方塞がりな恋心がどうしたって泣きやめない。侑の顔も見れない。私を保つだけで精一杯の私をそれでも「なあ、教えてや」と優しく責める声に泣かされる。


「……なんでなん」
「は?」
「なんで、放っといてくれへんの。関係ないって、っ、言うてるやんか」


声が、吐息が、唇が、震える。
視界が滲んで心臓が痛くて、握り締めたスカートがぐしゃり。手の甲に落ちる水滴が温かく感じて、それがまたどうしようもなく嫌で。

でも次の瞬間。そんな感覚全部を侑が拭っていった。


「お前が好きやからや!」


吐き捨てるような言い方だった。「せやから放っとかれへんし、お前には関係ないかもしらんけど俺にはあんねん」と痛いほど手を握られ「くそ……こんなん言うつもりなかったんやぞ」って睨まれる。フリーズした頭の中で、侑の台詞がぐるぐる。おかしいな。たった一言なのに、呑み込みづらい。


「好きなん?」
「……おん」
「私のこと? マドンナやなくて?」
「マドンナて誰や」


真剣な顔を崩して吹き出した侑に、くしゃくしゃ頭を掻き撫ぜられる。


「俺何年もお前しか見てへんねんぞ」


ええ加減気付けやって無理難題を押し付けられて、やっと全部呑み込んだ涙腺がまた揺れて、慌てた侑の広い胸に飛び込んで"あんたのせいやアホ"って、思いっきり泣いた。

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