好きな人がいた。幼い頃、身体が弱くて入退院を繰り返していた私を支えてくれた人だった。聞いたこともない病を患っていて自分はどうせ長くないからと、その命と引き換えに、私の身体を立派な個性で強くしてくれた人だった。今でも忘れられない。好きだった人。

『俺の代わりに生きて』

そう言った彼は、爆豪くんに良く似た綺麗な赤い瞳をしていた。



「コーヒーで良いか」
「うん。ミルク有りで、」
「砂糖無しだろ。知っとるわ」
「……有難う」


爆豪くんといると、当時のことを良く思い出す。その瞳の色を思い知る度、心臓のあたりが音を立てて痛む。

長くないとは言え、きっと後数年は生きられたはず。これで良かったのか。爆豪くんに好きだと言われて、忘れられない人がいるからと断って、それでも良いって押し切られて三ヶ月。本当に、これで良かったのか。


粗野で横暴な爆豪くんは、実際付き合ってみると私のことを誰より大事にしてくれる男の子だった。そもそもあまり暴言を吐かれたことはなく、お腹が空いたと言えばご飯を作ってくれて、体調が優れない日は顔を合わせたその瞬間に気付いてくれる。手を繋いだり、キスをしたり。私の様子を窺いながら一歩一歩ゆっくり進んでくれる。泣きたい日は理由も聞かずに胸を貸してくれる。私だけを特別に扱ってくれる。優しくて、でも言葉は拙くて、心の強い人。彼の瞳を通して、もうこの世にいない人のことを考えてしまう私にはどう考えても勿体なかった。

爆豪くんのことが好きじゃないわけじゃない。優しくされて、甘いと言うにはひどくぶっきらぼうな愛情を差し出されて、むしろ靡いている。月日が経つにつれ、旅立ってしまったあの人との思い出が詰まったこの胸の内側は爆豪くんで埋まっていっている。でも、素直に喜べない。だって薄情じゃないだろうか。生かされた私が、赤い瞳にあの人を重ねる度きっと爆豪くんに辛い思いをさせているだろう私が、何の報いも受けないまま幸せになるだなんて。


今まで、彼女として上手く笑えない私を爆豪くんが責めたことは一度もない。泣きたきゃ泣け。そん代わり独りで泣くな。ぜってえ俺んとこに来い。罪悪感なんざ捨てろ。悪ぃと思ってんなら俺だけ見ろ。そんな、私にとって都合の良い言葉で赦すばかり。


「爆豪くん」
「あ?」
「ごめんね。いつも」


好き、なんて身勝手な言葉は呑み込む。爆豪くんは一つ息を吐いて、テーブルにグラスを置いた。それから「なまえ」と隣へしゃがむ。顔を上げて初めて、俯いていたことに気付く。キスをされて初めて、自分の唇が震えていたことに気付かされる。


「いい加減俺のモンになれや」


目前で、真っ直ぐ私を貫く赤い瞳。


「って、ずっと思ってる」


一瞬だけ伏せられ、戻ってきた視線。


「けどそうなんねえのは、俺の力不足だ」
「……そんなこと、」
「無くてもそういうことにしとけ。俺のせいで良い」


自尊心が強くて、プライドが高い。普段の彼からは想像もつかない台詞に、また今日も赦される。


「俺のせいで幸せんなれ、なまえ」

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