こたえ合わせ
決められたタッグで先生を相手に戦った演習から、二人の距離が縮まったことには薄々気付いていた。でも、見ないふりをしていた。クラスメートなのだから、仲がいいのはとてもいいことであったし、人付き合いが得意ではない焦凍くんに友達が増えるのは、私だって嬉しかった。
美人でお金持ちで清楚で賢い、才色兼備そのものである八百万さんに、本当は少しだけ嫉妬もしたけれど、醜い部分はみっともなくて、全部覆い隠した。なのに。
「美味かった」
「気に入って頂けて光栄ですわ」
街で見かけた二人の姿に、嫌なものが腹の底で煮えていく。ざわりと騒いだ胸が、凍りついてしまったかのように立ち尽くす私の足を強引に動かすまで、そう時間はかからなかった。
「焦凍くん?」
振り向いた彼らに、偶然だねー、なんて笑顔を向ける余裕はどこにもない。
ああ、嫌だ。私なんかよりよっぽどお似合いだなんて、そんなの認めたくないのに、どこかで納得している自分がいる。焦凍くんが私に飽きたというのなら、きっと縋る権利はもうなくて。いっそ、私なんかよりも八百万さんの方が彼を幸せに出来るんじゃないか、なんて思ってしまう。
一瞬だけ揺れたオッドアイが、動揺の色を隠した。
戸惑った様子の八百万さんが、彼と私を交互に見て「偶然お会いしましたの」と眉を下げて微笑む。自他共に認める良い子な彼女は、嘘をつくことが随分と下手らしい。ちゃんと笑えてないよ。仲良しなんだね。そう笑い飛ばせたなら、どんなに良かったか。
「用事って、このことだったの?」
「いや、…たまたま帰りに会っただけだ」
「ねえ、私鈍いけど、焦凍くんの嘘くらい分かるよ」
何年見てきたと思ってるの、と、悲しくなる。
一緒に買い物に行こうって声を掛けたのは、昨日の夜だった。その時の焦凍くんも、こんな風に顎を引いて、少し俯きがちに言葉を紡いだ。
昔からそうだった。エンデヴァーさんに黙って私のところへ来た時も、お母さんのことで悩んでいるのに言おうとしなかった時も、いつもこんな風だった。言いたくないことがある時、焦凍くんの綺麗な瞳は、私を映さない。
言ってくれればいいのに、と思う。
私じゃなくて八百万さんがいいなら、そう言ってくれれば。物分かりは決して悪くない。今にも緩んでしまいそうな涙腺だって、ちゃんと引き締めていられる。それは、焦凍くんだって分かっているはずだった。
「お幸せに」
上手く、笑えただろうか。
この感傷を引き連れて、どこへ行こう。
二人に背を向けて、来た道を引き返す。
けれど、肌が覚えてしまったあたたかい手が、逃げることを許してはくれなかった。「悪ぃ、八百万。ここで」と片手を挙げた彼は、そのまま私を連れて、どんどん人気のないところへ進んでいく。困った。引き際くらい弁えている女でいたかったのに、改めて別れ話なんかされたら、それこそ泣いてしまいそうだ。
「なまえ」
「なに、焦凍くん」
「その…偶然じゃなくて約束してた。ごめん」
「だろうね」
ああ、なんて嫌な私。涙を抑えることにせいいっぱいで、こんなにも冷ややかな受け答えしか出来ない。自己嫌悪に押し潰されそうになりながら、それでも、私の手を握ったまま離してくれない彼の手が恋しくて、愛しくて。
「早く戻ってあげなよ」
みっともなく縋ってしまわない内に。私があなたにとって、まだマシな女でいられる内に。
安心していいよ。八百万さんに冷たく当たったりしないし、別に、今までと大して変わらない関係性を装っていられる。
そんな意味を込めて「明日からは友達だね」って言ったのに、目前の彼は至極不思議そうな顔をした。
「友達になりてえのか?」
「…他人でいろってこと?」
「いや、彼女のままでいてくれねえのかと思って…」
「だって八百万さんの方がいいんでしょ?」
「は?」
「え?」
お互い目が点になって、沈黙がおりる。
もしかして私、何かとっても恥ずかしい勘違いをしているんじゃないだろうか。いやでも、彼女からの誘いを断って他の女の子と休日に出かける理由なんて、浮気以外に見当たらない。おまけに嘘までついていた。
たっぷり時間を置いてから動き出した頭の中で、必死に状況を整理する。同じように瞬きをした焦凍くんも、きっと考えているのだろう。一つ一つ、まるで照らし合わせるように差し出された言葉へ、噛み砕いた答えを当てはめていく。
八百万さんが好きなわけではないこと。元々彼女と出掛ける約束をしていたこと。二人で行った場所は、小洒落たカフェだったこと。いいお店を知らなくて、八百万さんに教えてもらっていたこと。サプライズで私を連れていきたかったからこそ、咄嗟に嘘をついてしまったこと。私を悲しませたくなかったこと。
「もうすぐ一年だろ、俺ら」
ふ、と笑った焦凍くんに、息が詰まる。先にたくさん謝らなきゃいけないのに、せり上がる安堵と嬉しさと申し訳なさで胸が痛い。
よかった。本当によかった。
ごめんなさい。ありがとう。
これからも彼女でいさせてね。
溢れかえるいくつもの言葉は音にならず、ただ大きく膨らんだ情動のままに、焦凍くんの腕の中へと飛び込んだ。