教師陣で銭湯に行った後。部屋に着くなりベッドに直行した消太さんは、ぼふりとシーツに埋まった。ただでさえいろんな音が反響する浴場でマイク先生の相手をしていたのだから無理もない。それとも一気に力が抜けたのか。

今まで二人でいても気を張っていると感じられる時間がとても多かったけれど、最近はありのままでいてくれているように思う。彼の生活線上に存在出来る、というか、ベッドやテーブルみたいにそこに在ることが当たり前であって、彼の生活の一部へと変化してきているだろう実感は、純粋に嬉しい。


買ってきた明日のご飯を冷蔵庫にしまう。衣擦れの音に顔を向ければ、私を絆すことに長けている手にちょいちょいと招かれた。珍しい。今夜は甘えたモードかな。「何?」って返事だけでは足りなかったらしい低音が「良いから」なんて、鼓膜までもを惹きつける。

仕方なさ半分、くすぐったさ半分。

ふんわり灯るあたたかな熱を胸に、ベッドの端へ。ぎしり。スプリングが軋む。


「何か飲む?」
「いや……」


眠気を宿した瞳が不服そうに細まって、とんとん。私の肘を小突く節張った長い指。


「もっとこっち」


驚く暇はなかった。瞬きの隙に腕を捕らわれ、温度を感じる数瞬さえ与えられずに上体が傾く。

咄嗟に彼の顔横へ手をついた自分を自分で褒めて、ああここは倒れ込んだ方が可愛かったなあって、現場慣れした冷静な頭で後悔する。けれど彼はお気に召したらしい。「プロ意識が染み付いてるな」なんて、喉の奥で愉快そうに笑った。いやはや。なんともお恥ずかしい。


「ごめん。条件反射でつい」
「気にするな。その方が俺も安心だ」
「ちゃんと自衛くらい出来るよ」
「へえ」
「消太さん以外の男の部屋には入らないし」
「嬉しいこと言ってくれるな」


猫をくすぐるような手付きで項を撫でられ、震えた肌が粟立つ。浮き出た頚椎で遊ぶ爪先が憎い。

弱ったなあ。
上から見る消太さんもかっこいい。


「だって誤解されたくないし」
「何で?」
「……」
「なまえ」


ほんと狡い声。鼓膜を舐めるような艶やかさが、いつだって私の中枢を満たす。今にも破裂しそうなこの拍動だってきっと伝わっているはずなのに、全く意地悪な人。でも残念。もう顔を真っ赤にして照れるばかりの私じゃない。


「……好きだから」
「誰が?」
「消太が」


腹いせに呼び捨ててやれば、いつも年上面をする瞳が揺れた。至極優越的な気分に勇気を借りて、シーツについたままの手を滑らせる。なめらかな感触が肘まで伝わって、彼の匂いが舞い上がる。再度瞠目した三白眼は、逃がしてなんかやらない。


「好きだよ、消太」


鼻先が触れ合う距離。一音一音噛み締めるように落とした声は、果たして彼の恋心にどう響いたのか。意識的に口角を上げ、どうだと言わんばかりに小首を傾げてみせれば、突然後頭部を押さえ込まれ唇がぶつかった。無遠慮に捩じ込まれる舌が、熱くて溶けそう。

離れようにも彼の手がガッチリ固定していて、どんどん呑まれていく酸素が足りなくて、息継ぎさえ奪われて――。




「っ、は、」


私の息がすっかり上がった頃。色気たっぷりのリップ音を残して漸く離れた消太さんは「男はベッドで煽るもんじゃねえぞ」と、不敵に笑った。煽らせたのはそっちじゃんって悪態は、声にならなかった。

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