今時間いける?って送って、既読がついて『いけますよ』『通話します?』って小分けにされたメッセージが返ってくるまで僅か数秒。丁度スマホを見てたのかなって考えて、いつもあれこれ頭の中を巡らせる京治がそんなことをする必要もなかっただろうことが窺えて、それは私が相手だからかなとか、ああ今イヤホン探してるんだろうなとか、私の声を待っていてくれてるのかなとか。

そんな想像だけで、こんなにも容易く幸せにしてくれる愛しい彼に、じゃあかけるねって発信ボタンを押した。


「こんばんは」
『こんばんはなまえさん。お疲れ様です』
「お疲れ様。今家?」
『はい。さっき帰ってきたところです』
「ほんと? タイミング凄いね」
『俺も驚きました』


四角い箱の向こう側で、京治が小さく笑う。電波を通した声が心なしか弾んで聞こえるのは、私がそうであって欲しいと願っているからか。

『どうしたんですか?』って差し出される優しさは、まだ慣れない。京治も私も、こういうところは学生の頃から変わらないまま。声が聞きたかっただけなんて、恥ずかしくて言えないまま。そのくせ「ちょっと恋しくなってね」と冗談めかすのは結構容易い。いつの間にか、強がることばかりが大人になってしまった。


『俺もですよ』
「えーうそ」
『本当ですって』


やっぱり嬉しそうに聞こえる声が、社会に揉まれてささくれがちな心にゆとりを与えていく。安らぎと言うにはあまりに私を拍動させる愛しさを運んで来てくれる。穏やかに鼓膜を撫で、皮膚の内側へゆったり流れるそれは、たぶん幸福の温度を保っていた。

ねえ会いたい。そろそろ会いたい。

京治もそう思ってくれてやしないだろうかって、のんびり愚考する。もちろん口にすれば叶えてくれるだろうけれど、私だけってのは何だか悔しい。素直なおねだりが可愛い歳でもない。



小さく鳴いた腹の虫に急かされ、キッチンへ立つ。「ちょっと待ってね。ご飯作りながら話す」と断りを入れ、ワイヤレスイヤホンに切り替えて手を洗う。大人しく待っていてくれた京治は声を掛けるなり『何作るんですか?』と、食い付いてきた。


「知りたい?」
『はい』


ちょっと被せ気味の即答に、思わず笑みがこぼれる。手料理だったりお菓子だったり。学生の頃は部活の合間に良く持って行ったものだけれど、京治も社会人になってからはあまり機会がない。バレンタインはデパ地下のチョコフェアでたらふく舌を満たすイベントへと変わってしまったし、何より外食が増えた。

もそもそ顔を出したのは、私の中の小悪魔さん。このまま京治の食欲を刺激したらどうなるだろう。会いに来てくれたりしないかな。


「実は決めてなくてさ。京治は食べたいのある?」
『……それ、もしかして誘ってます?』
「さあどうでしょ」


はぐらかしつつ冷蔵庫を開けて食材を出す。ストレートな言葉は、あいにく恥ずかしさに阻まれた。けれど察しのいい京治には、それで十分だったらしい。


『仕方のない人ですね』


少しだけ遠のいた柔らかな声が『今から行ってもいいですか?』と戻ってくる。車のキーでも取りに行っていたのだろう。衣擦れの音に混じった足音が嬉しさを掻き立てる。

二つ返事で頷いて「何食べたいの?」って聞き直したら『なまえさんの作るものなら何でもいいですよ』なんて殺し文句の後、扉を閉める音がした。

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