一人で頑張ろうとするのは、なにも悪いことじゃない。迷惑も心配もそりゃあ誰だってかけたくないし、大切な人であれば尚更そう。おまけに人使くんは、気遣いの塊みたいな男の子だ。きっと私以上に色んなことを考えているだろう。だから迷ってしまう。手を差し伸べることも、この胸中を打ち明けることも、どうしたって躊躇いが先を行く。

でもごめんね。私、黙って見守っていられるほど大人じゃないみたい。

落ち着いた声だったり、緩やかに感情を灯す眼差しだったり。ふとした瞬間にさえ疲れが感じられるようになってしまった人使くんを放ってはおけなかった。


自尊心を傷付けないよう、上手く促せる術を探す。ちょっと足りない頭で考える。

繋いだ心が離れてしまわないために。
ここにある温もりを失わないために。
彼のためであり、自分自身のために。



「好きだよ」


すぐ隣に並んでいた手をきゅ、と握る。一瞬固まった人使くんは「また急だな」と吐息混じりに笑った。嬉しそうでいて、穏やかな声色だった。視界に映り込んだ菫色がやんわり細まって「何かあった?」なんて。違うんだよ。違わないけど、違うんだよ。

荷物を分けて欲しいとか一緒に頑張りたいとか、そんなのは所詮自己満足でしかない。普通科の私が、ヒーロー科を目指す彼の全部を支えてあげられるわけもない。自分の無力さは嫌と言うほど知っている。もしかしたら迷惑になるかもしれないってことも同様に。それでも、何だって言って欲しかった。前へ進むためのバネになれなくたって、せめて行き場のない心を預かるくらいは出来る。窶れていくあなたは見たくない。


「人使くんこそ、何かあったんじゃないの?」


意を決し「最近ずっと疲れた顔してるよね」と。「頼りないかもしれないけど、もうちょっと話して欲しい」と、人差し指の背で相変わらずの隈を撫でる。驚いたように瞬いた人使くんは苦笑した。そうして伏せられた視線が、数秒と経たない内に戻ってくる。


「……なまえがそれを言うの?」


ほんの少し首を傾け、指へ擦り寄ってくる仕草が可愛い。無意識なのかな。猫みたい。いや、そんなことより。

「どういうこと?」って聞き返す。やわらかな表情から察するに、私が言っちゃいけないことを言ったわけでも、癇に障ったわけでもなさそうだ。


「俺も同じだってこと」
「?」
「辛い時とか、あんた言わないだろ。遠慮してるって言うかさ」
「そ……んなことないと思うけど」
「無自覚かよ」


まあ確かにあんまり言わないかもしれない。けど人使くんに比べたら、私の不安因子なんて些細なもの。一人で何とか出来る上に、頼るほどのことでもない。どっちかって言うと、人使くんに対する心配の方が大きい。

そんなありのままを伝えると、彼は控えめに笑った。私の手を取り「なんか安心した」って、目と鼻の先。視界を染め上げる、品のいい菫色。


「俺も好きだよ。だから、たくさん話そう」

すぐそこで響く、私とのこれからを考えてくれている声は嬉しそうでいて穏やかで、愛しさばかりが寄り添っていた。

back - index