親愛なるきみへ



寮生活のお兄が、久しぶりに帰ってくるらしい。美味しいものを作ってあげようと意気込むお母さんと、いつもよりにこにこしているお父さんが可愛い。私も何か、とは思ったけれど、たぶんお兄は私がいるだけで満足だろうから、ハグでもしてあげることにした。

玄関の方から「ただいま」って聞こえた大好きな声に、リビングを飛び出す。


「おかえりなさい!」
「っぶねぇな、飛んでくんじゃねえ!」
「ごめんなさい〜」


文句を言いつつも、胸へ飛び込んだ私を軽々と受け止めたお兄の、綺麗なルビーが細まる。

家とは違う柔軟剤を使っているのか、少し変わった服の香りが新鮮だ。うりうり顔を埋めてやれば、いい加減にしろと言わんばかりに膝裏を抱えあげられた。お子様を抱くような姿勢に、せめてお姫様抱っこが良かったなあと思う。


「ねえ、抱き方子供すぎない?」
「うるせえ。こちとら疲れて帰ってきとんだ。玄関で止まらせんなクソなまえ」
「嬉しかったくせに」
「あ?落とすぞ」


相変わらずの荒っぽい物言いに安心する。つい緩んでしまう頬が抑えられない。「ニヤニヤすんな」と怒られたって、ちっとも怖くない。
小さい頃から守ってくれて、中学にあがってからも何だかんだ気にかけてくれた人だ。本当は優しいことを誰よりもよく知っているし、きっと、お母さんやお父さんよりも、よく見てきている。

嬉しそうに寄ってきた二人の話を「めんどくせえ」の一言でぶった切ったお兄は、私をソファへ投げてから座った。随分お疲れの様子である。雄英高校は、ヒーロー育成最高峰といわれるだけあって、やっぱり大変なんだろう。


「毎日忙しそうだね」
「まあな」
「なまえは心配ですよ」
「誰に向かって言っとんだ。んなヤワじゃねぇわ」


ハッと軽く笑った横顔。雑に頭を撫でられ、ちょっとだけ心が躍る。いつも、ほんの少しだけ優しさのこもっているこの手が、昔から好きだった。


離れて暮らすようになったからだろうか。
今まで、当たり前しかない日々の中に在った何気ない一つ一つが、とても特別なことのように感じる。こうして言葉を交わしたり、頭を撫でられたり、一緒に笑ったり。手の届く範囲に存在することが、どうしようもなく胸を掻き立てる。最近じゃ、送ったLINEすら既読スルーなものだから、余計に強く実感するのかもしれない。忙しいのか、面倒くさいのか、疲れているのか。その辺の男よりは何倍も強いってわかっているけれど、やっぱり懸念はたくさんあって。


「ね、一つだけお願いがあるんだけど」
「んだよ」
「一日一回はLINE返してほしい」
「はぁ?却下」
「えぇー……なんでぇ……」
「何でもクソもあるか面倒くせえ」
「んん、二日に一回でもいいよ?」
「あ"?」
「ぐ……三日に一回で……いいです」
「……そんくれえなら考えてやらんこともねえ」
「こんなに可愛い妹がお願いしてるのに……」
「うるせえな。たまに電話出てやってんだろ燃やすぞ」


十回かけた内の一回出るか出ないかくらいのくせに、上から目線の出てやってるとはこれいかに。
そうは思うものの、至極嫌そうに顔を顰められてしまっては何も言えない。仕方なく許容して、お兄の膝へ寝転ぶと、まるで可愛がるように前髪を撫でられた。うん、幸せ。


「待っててね。高校は雄英受けるから」
「ハッ、まあせいぜい頑張れや」


お兄が扱い上手なのか、私が単純なのか。
一抹の心配も不満も、ほくほくとした温もりへと変わっていく。私の個性はヒーロー向きではないけれど、普通科や経営科にでも入って、お兄をめいっぱいサポート出来るような立派な大人になってみせるって決めてるから、これからもよろしくね。

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