ぼんやり浮上する意識の淵で、眠っていた思考が徐々に目を覚ます。瞼の向こうが明るいのは、カーテンが開いているからか。

なんだかとっても素敵な夢を見た気がする。純粋に気分がいいのはきっと、すぐ隣に彼がいるからか。


瞼はまだ閉じたまま、手探りで見付けた体温へ腕を回す。厚みのあるがっしりした身体。鼻腔をくすぐる同じ柔軟剤の香りが、安心感を掻き立てていく。暫くして私の後頭部をくしゃくしゃ撫でた少々乱暴な手は、けれど優しく背中を伝って、腰骨へと落ち着いた。軽い唸り声。もしかして起こしてしまったか。まあでも、そろそろ起きたっていい時間だ。文句は言われないだろう。

「なまえ……?」と鼓膜を揺する低い声は、寝起き特有の掠れを伴っていた。


「ここにいるよ、勝己」
「ん……」


寝ぼけ眼のルビーは、ほら、こんなにも可愛い。いつもの三分の一くらいしか開いていない。皺のない眉間。皆は知らない勝己の姿。私だけに与えられる愛しさを宿したそれが眠そうに細まって、閉じる。



暴言が多いとか、人の心がないとか、単純に怖いとか。小学校高学年くらいから、勝己のイメージは決して良いものではなかった。敵っぽい英雄ナンバーワンにでもなりそうな悪どい顔をするし、そもそもオブラートに包むことを端からしない。感情の導火線だって極端に短く、おまけに個性は派手で危険。中学の頃から付き合っているわけだけれど、当時"爆豪の彼女"って肩書きはレッテルとそう変わりなく、仲のいい友達には『やめときなよ』と心底心配され、その他大勢には避けられていた。

今思えば鼻で笑っちゃうような世界だった。勝己のぶっきらぼうな優しさも、理性的な一面も、実は人の機微に敏感で気遣えることさえ知らない。"中学"って名前だけが仰々しいばかりの、とても狭い世界。でもあの頃は、それが全てだったなあ。


懐かしい。

するりと絡められた脚に脚を擦り寄せながら、過去を振り返る。まるで私が間違っているかの如く何度も何度も否定されたこの恋心を護ってくれた、勝己の言葉を思い出す。


『他の奴がなんて言おうが、てめえが信じてんならそれでいいだろ』


片眉を吊り上げて息をつく姿は、今でも脳裏に色濃く焼き付いている。随分中身を濁して伝えたものだから、きっとよく呑み込めていなかっただろうのに、決して茶化すことなく流しもせず。最後の最後までとことん向き合ってくれた勝己は、私の全部を肯定してくれた。

どんなに嬉しかったかなんて言い表せない。好きな人が好きでいてくれる甘やかな現実は、あれからずうっと幸福ばかりを貯めている。

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