せっかく夏季休暇を使って勝己が帰ってきたっていうのに、二人揃って買い出しに追い出すなんて、うちのお母さんほんとひどい。ガッシリした勝己の肩を叩き、まあ逞しくなったわねえってにこやかだったのは良い荷物持ちとして見ていたからだろう。

近所のスーパーへ続く道を歩きながら「ごめんね」って隣を見上げる。幸い、綺麗な輪郭をした横顔は普段と変わりなく「別に。今更だろ」と、軽い一瞥が寄越されただけに終わった。


蝉の声が耳につく。

絵の具でベタ塗りしたような紺碧の空。風に乗って流れる真っ白な雲とのコントラストが鮮やかに映え、絵面的には最高。その内、轟音を引き連れた飛行機雲が横断して、さながら映画のワンシーン。ただ、アスファルトから立ちのぼる熱気にくわえ、燦々と降り注ぐ日射しのダブルパンチを受けている身としては、そんな情緒に浸るより何より、一刻も早くこの汗を止めたい。


「あっつ……」
「言うんじゃねえ……余計暑くなんだろがクソなまえ」
「ごめんて……。ねえ、ちょっとコンビニ寄らない? 死にそう」
「ハッ、貧弱」
「何でもいいよもう……」


最早言い返す気力もなく、溜まった息を吐き出す。

かの有名な雄英高校ヒーロー科、しかもトップクラスの成績を修めている勝己と平々凡々な私を一緒にしないでほしい。似ているところなんて、目と鼻と口があって五臓六腑が揃っているくらい。ああ、あと手足も生えてるか。いや、そんなことはどうでもいい。とにかく暑さを凌ぎたいんだ私は。

横断歩道を渡り、進路変更したその薄い裾を掴む。


「ねえ勝己」
「うっせえな。わぁっとるわ」
「いやいや、そっちコンビニないじゃん」
「あ? 何か買うんか」
「違うけど」
「なら黙ってついてこいや。涼しけりゃ何でもいいんだろ」


ちゃんと考えてくれていることに安堵しつつ、潔く手を引っ込めた。どうやらコンビニ以外のどこかへ連れて行ってくれるらしい。


左へ曲がり、慣れた足取りで小路を進む背中を追う。相変わらずの撫で肩に小さい頃の面影が重なって、でも、ぐんと伸びた身長だったり太い首筋だったり、張り付いたTシャツ越しに窺えるがっちりした骨組みや筋肉なんかが、会えなかった時間分以上の成長をひどく実感させた。

このまま立派なヒーローになって今よりもっと忙しくなったら、きっとこうして一緒に出掛けることも、もっと少なくなるんだろう。ずっと応援していたいけれど、会える機会が減ってしまうのは、なんだかなあ。今でさえ、彼にとっての自分がどういう立ち位置にいるか分からないっていうのに、一体どうなってしまうのか。せめて付かず離れずでいれたらいい。ああでも、どうだろうな。もし彼の隣で知らない女の子が笑っていたら、それはそれでショックなような気もする。一番になれるような女じゃないと自覚しているから、一番になりたいなんて、言わないけど。


頭が余計に回るのは、左右の建物が日射しを遮ってくれているからか。これで風でも吹いてくれれば、ちょっとは涼しくなるのに。感傷と呼ぶにはあまりにぬるいこの寂然をさらっていって欲しいと思う。



「……何しとんだ」
「え?」


不意の声に顔を上げて初めて、自分の足が止まっていたことに気付いた。大股三歩ほど先。こちらを振り返っているその眉間にシワが寄る。


「え、じゃねえわ」
「ごめん。ちょっと考えごとしてた」
「……」


溜息を落とした勝己は私が踏み出すよりも早く「何の」と、二歩分距離を詰めた。まさか興味を示されるなんて思ってもなくて、殆ど反射的に声が漏れる。間髪入れずに降ってきたのは、お決まりの舌打ち。ついで「だから内容を言えっつっとんだアホ。脳ミソすっからかんかてめえは」と頭をわし掴みにされた。どうにも荒い言動だけれど、私が俯かないためだろうなって気付いて、途端に可笑しくなる。


「いやさ、勝己がプロヒーローになったら忙しくなるでしょ?」
「だろうな」
「そしたら、今よりもっと会えなくなるなって」
「は? 顔合わせる機会なんざむしろ増えんだろ」
「どうして?」
「どうしてって、……俺の嫁になんじゃねえのか」
「、」


蝉の声が遠くでこだまする。

そんな話、したっけ。かろうじて記憶に留まっているのは、確か七歳くらい。大きくなったら勝己のお嫁さんにしてねって、幼い指切り。



くしゃり。

心ごと髪を掻き撫ぜていった手が離れる。


「まあ、てめえが忘れとっても逃がすつもりはねえから、せいぜい覚悟しとけや」


ニッと口端を吊り上げた勝己は、力の入らない私の手を引いた。そうして何食わぬ顔のまま、受験勉強の際に良く篭っていたのだと、小路の三叉路。緑に覆われた喫茶店の戸を押した。

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