「あ? 同窓会?」
「うん。行ってきてもいい? このお店なんだけど……」
「んな遠くねえな。二次会は?」
「分かんないけど、あっても行かないよ。次の日仕事だし」
「そか。帰り、連絡寄越せ」
「はーい」


返事をしたあの時は、ああ大体の帰宅目安が知りたいのかなあなんて軽く考えていたし、『今会計してて、もう10分か15分くらいでお開き』って送ったラインにオッケースタンプが返ってきたついさっきも同様。だからこのままお店を出て直帰組と駄弁りながら電車に揺られ、家の最寄り駅からは徒歩かタクシーで帰る。そんな予定だった。同級生の「なあ、あれ爆心地じゃね?」って声を聞くまでは。


驚きに顔を跳ね上げた先。外看板の照明を浴びる鮮やかな赤い瞳が、一直線に私を貫いた。


「なまえ」


落ち着いた、けれどざわめきを遮るには十分過ぎた真っ直ぐな声。私と彼の仲を知らない面々が一斉に固まる。でもそんなの、構ってられない。

迎えに来てくれたにしては早すぎる。十五分やそこらで来れる距離じゃない。ってことは、もしかして待っていたのか。私からのラインが届くまで。その辺で時間を潰しながら、ずっと――。



なんだか良く分からない熱が、皮膚の内側を覆っていく。いても立ってもいられずに駆け寄れば、伸びてきた片腕に腰を抱かれた。屈んだ勝己の鼻先が首筋へ寄せられ、耳元で響いた「もういいんか」って低音に肌が粟立つ。普段、人前でこんなことをするような人じゃないのに、どういう心境の変化か。思考を巡らせる前に取り敢えず頷けば、彼は私の背後をしゃくった。そう言えば。

慌てて放ったらかしの面々を振り返り「じゃあまた、忘年会でね!」と別れを告げる。未だ呆気にとられている様子の皆から、適当な反応がちらほら。そうして律儀に申し訳程度の会釈を返した勝己のエスコートで、助手席へ乗った。



エンジン音。シートから伝わる振動。控えめに夜を彩るのは、私が好きなアーティストのバラード。涼しい風が肌を冷まし、少ししか飲まなかったアルコールが抜けていく。

煌びやかなネオンが窓の外を過ぎ行く車内でハンドルを握る勝己は、驚くほど静かだった。怒っている風には見えない。機嫌だって悪くないはず。お腹が減っているわけでもないだろう。一体何を考えているのか。残念ながら、静謐を纏う横顔からは汲み取れそうにない。


「ありがとね。お迎え」
「おう」
「最初から来てくれるつもりだったの?」
「まあな。けど、要請くらって行けねえ可能性もゼロじゃねえから、言わねえでおいた」
「そっか。気遣ってくれてありがと」


じんわり心に充満する、ひどくやわらかな優しい温もりに、つい笑みがこぼれた。

言葉はそんなに多くないけれど、特別大事に扱ってくれている熱情がありありと感じられる瞬間、っていうのは日々の端々に結構あって。それがいつも、むず痒いほどの幸福を運んで来てくれる。貪欲なこの胸をいっぱいにしてくれる。彼の全てが好きだなあって、何度も惚れ直す。一途なところも、意外と心配性なところも――ああそうだ。


「ねえ」って。コンソールボックスに肘を預け宙ぶらりんになっている無骨な手をそっと繋ぐ。握るのは私から。指を絡めるのは勝己から。いつの間にかお決まりになった些細なことが、とめどなく愛おしい。


「さっき皆の前で距離近かったのって、牽制だったりする?」
「……だったら」
「?」
「だったら何だよ、悪ぃかよ……」


予想に反して素直に尖った唇。前を向いたまま一瞥だってくれやしない眼差し。それらが心なしか恥ずかしそうに見えるのは、たぶん気のせいじゃない。もしかして車に乗り込んでからずっと、年甲斐もないことをしてしまったって照れていたのだろうか。だからあんなにも黙りだったのか。あーあ。好きだなあ。

別に牽制の必要なんてないくらい、今までもこれから先だってずうっと貴方しか見ないけど、悪くない。全然悪くない。


ねえ勝己。
幸せって、あったかいね。

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