王子様のお気に入り



演習で右足首をやってしまった。ひょこひょこ歩きが、みっともなくて恥ずかしい。みんな心配そうに「大丈夫?」って寄ってきてくれるけど、本当にごめん。大丈夫だから見ないでほしい。恥ずかしい。個性の力加減にミスって着地でクキッ、なんて口が裂けても言いたくない。まだ梅雨ちゃんにならこっそり伝えてもいいけれど、かっちゃんにだけは絶対ゼッタイ言いたくな―――「なまえ」。ハイ。なんでしょうかっちゃんサマ。


「片足着地なんざ初歩中の初歩だろ。だっせえミスしてんじゃねーわ雑魚」
「う……」


残念ながら、がっつりばっちり見られていた。真っ当なお叱りに返す言葉が見当たらなくて、大変遺憾。かっちゃんも新技を練習していたくせに、いったいどこに雑魚の私を気にする余裕があったのか。くそ。羨ましいだけじゃない。ちょっと喜んでいる自分自身がいちばん悔しい。いつだって頭の隅に置いてくれていることも、ついつい私を視界の中におさめようとする無意識の内の愛しさも、羞恥心を上回る。

結構痛そうだな。バクゴー連れてってやれよ。切島くんと上鳴くんの声が飛ぶ。返事の代わりに舌打ちをしたかっちゃんは、隣に立つなり身を屈めた。ああ、肩貸してくれるのかな。ありがたく思った矢先、突然おそった浮遊感に瞠目した。肩裏、膝裏、左側面から伝わる体温。まさかお姫さま抱っこをされるだなんて、誰が予想出来ただろう。

驚きすぎてろくな反応も出来ないまま―――だってかっちゃんにしては凄く凄くめずらしいこと。みんなの目も点だった―――保健室に着くなりイスへおろされて、靴と靴下を脱がされた。正面に跪いたかっちゃんの手指が触れるたび、電流みたいな痛みがピリッと流れてく。骨や筋に異常がないか。入念に確認していく手つきは、しっかりしていてやわかった。


「派手に捻っとんな」
「うん、けっこう痛い。でも自分のせいだし我慢する」
「アホか耐えんな。悪化すんだろが」
「だってリカバリーガールいないみたいだし……」
「どっか行ってるだけだろ。書き置きねえし、その内帰ってくらァ」


言いながら、私の右足をゆっくりおろす。立ち上がった彼の瞳が戸棚の中を物色し、けれどお目当てのものがなかったようで、すぐに冷蔵庫を開けていた。半透明なプラスチックの箱から取り出されたのは湿布一枚。戻ってきては、再びゆっくりすくいあげた患部にぺたり。あまりの冷たさに思わず肌が粟立ってお礼を言うのがちょっとばかし遅れたけれど、かっちゃんは気にしていないらしい。


「次、なんかあったら俺に言え。すぐ」


いいな、と念を押す、色鮮やかなルビーに下からまっすぐ射抜かれる。羞恥心と嬉しさと、見下ろすことがゆるされている優越感。今日のかっちゃん、変なの。

胸の中心で笑いながら頷いて「お世話になります」と頭を垂れる。そうだね。みっともなくて恥ずかしくって悔しいけれど、心配させるのはよくないね。



title シャーリーハイツ
21.08.23

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