拡がる未来の暗示



太鼓囃子が掻き立てたのは、高揚感と懐かしさ。まるで童心にかえったみたい。金魚をすくってヨーヨー釣りを楽しんで、腹拵えにと屋台を回る。定番であるフライドポテトと唐揚げに、焼き鳥、焼きそば、りんご飴。今じゃイチゴやぶどうもあって、気になったから全部ひとつずつ買ってみた。両手で光るつやつや具合に喉が鳴る。早くたべたい、おいしそう。あったかいのはビニール袋におさまっていて、座れる所を求めて進む勝己の手首で揺れていた。

雑踏をものともしない背中の後ろは安全だ。逞しくって広くて大きい、男の背中。はぐれないようちょこちょこ後をついていき、簡易テントの下。イス代わりにひっくり返されているコンテナへ、それぞれ腰を落ち着けた。それほど良くない座り心地もまた、私を過去へ連れていく。


視界の中に、クリーム色が入り込んだ。私の手からイチゴ飴を奪っていった勝己の眉間に皺が寄る。


「……くそ甘ぇ」
「とっといてそれ言う?」
「うっせ」


心底嫌そうにバリボリ飴を噛み砕き、フライドポテトを数本口に放り込む。それからもう一つ手近なコンテナを引き寄せて、袋の中身を広げ始めた。


「相変わらず甘いのダメだね」
「ダメじゃねえ。好き好んで食わねえだけだ」


割り箸の真ん中あたりを歯で噛んで、きれいに割った横顔は落ち着いている。楽しいかどうかは謎だけど、少なくとも嫌がってはいなかった。言い出したのは勝己だったから、たぶん満足しているのだろう。敵も個性も関係なかったあの頃みたいな、なんてことはない安穏が、なんとはなしに恋しくなったのだろうと思う。

自然と頬がゆるんでいって、ねえ、かっちゃん。懐かしい呼び名で呼んでみれば、赤い瞳が不服そうにこちらを向いた。あれ。


「嫌だった?」
「……べつに」
「えー気になる。言ってよ」
「……」


焼きそばをもぐもぐし終えた唇が、むっすり尖る。言葉を探しているのか、選んでいるのか。あまりそんなことをする人ではないけれど、とにかく答えない勝己から差し出された唐揚げに、雛鳥よろしく口を開ける。「自分で食えやくそなまえ」なんて言いながら恥ずかしげもなくあーんしてくれるあたり、機嫌を損ねてしまったわけではないらしい。

なにか思うところがあるのかな。なんせ今は恋人同士。“かっちゃん”は、幼馴染みだった頃の呼び方だ。私に対し、時折深読みをする彼のこと。もしかすると、幼馴染みに戻りたいのか、なんて懸念が過ぎったのかもしれない。仮に違ったとしても、不安因子は消した方が断然いい。

「勝己」と名前を呼んで、微笑みかける。


「来年も夏祭り“デート”、しようね」
「……ハッ、気が早ぇわ」


予感的中。ぶっきらぼうな口振りとは裏腹に笑みを象る声は、どこか安堵の色をしていた。



title tragic
21.08.11

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