鮮烈のさなか



私と勝己の間には、嘘も遠慮も気遣いさえも割り込めない。嬉しいことや悲しいことは共有出来て、本音や怒りもお互いぶつけ合ってきた。幸い個性は私もバリバリ近接型で、拳を交えた回数だって少なくない。良き友であり仲間であり、もしかすると家族よりも多くを話せる特別だった。

そんな幼い頃から当然だった均衡が、まさか突然崩れるだなんて想像すらもしなかった。


「……え?」


勝己の言葉に耳を疑う。夕暮れ時の演習場。誘ってくれた自主練で散々体を動かした後、クールダウンに体を伸ばしている途中。


「今、なんて……?」
「……」


振り返った視線の先。勝己の眉間に、いつものようなシワはなかった。珍しく伏せった眼差しが俯きがちに横を向く。汚れるからと脇へ放っていたワイシャツを拾い上げ、それから「別にいい」と、たったの少しも振り向かないまま音をこぼした。


「てめえにンな気ねえことくれえわーっとる。聞こえなかったんなら、それでいい」
「あ、ちょっと!」


スタスタ歩いていってしまった黒い背中を慌てて追う。全然止まってくれないから全力疾走。掴んだタンクトップは、少し汗で湿っていた。

ごめん、聞こえなかったわけじゃなくて、びっくりして。言い訳を並べつつ、振り向いてくれたことに安堵する。『好きだ』なんて。あの才能マン勝己が私をだなんて。そんなの全然、考えたこともなかったんだよ。ちょっとくらい時間くれたっていいじゃない。


「えっと、……ラブ、で、合ってる?」
「……ライクでわざわざ言うと思っとんかカス」
「いや思わないけど、えぇ……そんな素振りなかったじゃん」
「ハッ、こちとらナンバーワン超え目指しとんだ。普段からンなぬりぃ態度見せるかよ」
「じゃあ今は意を決して、って感じ? それとも我慢出来なくなった感じ?」
「どうとでも好きにとれや」
「はーーずっる……」
「どこがだクソが。返事はいらねえっつっとんだから楽だろが」
「いやいや、いらないとかいう問題じゃないから。本気で言ってくれたんでしょ? ちゃんとお返事させて欲しい……」


毎度お馴染み、降ってきた舌打ちを溜息で弾く。勝己の告白を頭の中で反芻し、ぐわっと心を逆巻く熱が首を伝って頭にのぼる。ひどく静かな声だった。勝己らしい、ごくシンプルな言い方だった。なまえ、と私の名前をわざわざ呼んで、好きだ、って。ストレッチ中で、あいにく表情は見てないけれど。

「……〜〜ッ」

今更湧きあがった気恥ずかしさに、顔を伏せる。火が出たみたいに頬が熱い。嬉しくないわけがなかった。だって勝己だ。私の中で既に誰より特別だった、色鮮やかな勝利の権化。返事は当然、決まっている。



title 徒野
21.08.19

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