二人だけの慈愛
プロヒーローとしてチームアップを受けるようになった今、懇親会や慰労会に呼ばれることは少なくない。大きな会場を貸し切るまではしなくって、身バレ防止にプロの息がかかった個室の居酒屋で、が殆どだ。
こういう時、私には過保護な彼が絶対的についてくる。わざわざリスケしてくれて、行きも帰りも、自分は飲まずに車を運転してくれる。お酒の席では私の顔を潰さぬよう時折振られる話をいなし、ずっと隣にいてくれる。愛想笑いはしない。綺麗で可愛い女の子達に言い寄られても、指先一本触れさせないし興味も持たない。辺り構わずキレ散らかす、なんてこともさすがにない。あくまで私の付き添いで、一貫して“私のため”ってスタンスだ。
そんなだから、ある意味出会いの場として活用している男の人は寄ってこない。何もかも優れている“私のための爆豪勝己”に喧嘩を売れる無謀なバカも、スーパーマンもいやしない。
有難うございました、おやすみなさい。先輩ヒーローに挨拶をして、勝己の車へ乗り込んだ。扉を閉めれば途端に無音が鼓膜を覆い、ふっと肩から力が抜ける。やっと緩んだ表情筋が、死んだみたいに固まった。人付き合いって楽じゃない。
「おいなまえ、シートベルト」
「はぁい」
気怠い腕を持ち上げて、言われた通りに金具を差し込む。カチッと鳴った音につられ、私のスイッチもあっさりオフ。やけにねむいのはお酒のせいか、気疲れか。
私好みのシャボンの香りで満ちた車内は、さながらエステサロンのよう。高グレードの革張りシートが冷んやり肌を包み込む。寝んなら倒せ。勝己の声が、私の意識を静かに手繰る。
「ありがとう」
「あ?」
「いつも、なんか、……いろいろ」
「アバウトすぎんだろ」
駐車場の蛍光灯が照らす中、鼻で笑った横顔は呆れを孕んでいながらどこか、やわらかかった。
左側。こちらを向いて腰を浮かせた勝己の腕が、私の左側に伸びてくる。クリーム色が近付いて、目と鼻の先で止まったルビーに見つめられ、どくどく高鳴る鼓動はたぶん聞こえてる。からかうように瞳を細めて笑った勝己は満足そうで、世界で一番かっこいい。この距離感が、いとおしい。
「イス、倒すぞ」
「ねえ勝己」
「ん、?」
「このまんまがいい」
「……」
赤い瞳が見開いたのは一瞬で、すぐにふ、と吹き出した。今日の勝己は良く笑う。
「イスか俺か、どっちねだられてっか分かんねえな」
“思わせぶり”をやめて触れた唇は、いつなんどきも私のために、ここに在る。
21.08.10