影すら愛おしくて もう



花壇の前へしゃがみ込む。光る雫が窺えるほどの近距離で、花や葉っぱがそよそよ揺れた。誰かが水をやってくれているらしい。心配して損したな。でも元気そうでよかったな。年々暑さが増していくので死んでやしないか見に来たけれど、鮮やかに咲く彼らは背筋をしゃんと伸ばして、日光浴を楽しんでいる。きっと気温の上昇なんて、人間でいう岩盤浴みたいな感覚なんだろう。

不意に真上から陰が差す。みょうじ? 降ってきた声を仰ぎ見れば、相澤くんが立っていた。伸ばしっぱなしの長い髪がわずかに垂れる。


「何してんだ」
「花見てる」
「花?」
「今日暑いから、干からびてないかなって。でもちゃんとお世話されてて安心してるとこ」
「そうか」


納得したらしい相澤くんは頷いて「早く中に入れよ。お前の方が干からびかねん」と、私の頭をぽんぽん撫でた。学生時代、共に雄英で学んだ仲だ。個性の都合で日射に強くないってことは知られている。今まさに、私に対する日差しを遮り彼の影に入れてくれているのもたぶん、そういうことを懸念している。

不器用で無愛想。おまけに言葉はぜんぜん足りないし上手くもない。それでも一緒に歳を重ねる度に、だんだん分かる。相澤くんが本当はすごく優しいこと。けじめとして学校内じゃあくまで教師と教師の付き合いだけれど、プライベートは打って変わって猫ちゃん相手みたいにやわく笑ってくれる。俯きがちに、控えめに、その口元がたゆむことを知っている。


「相澤くん」
「ん?」
「実はちょっとしんどくなってきてまして」
「バカ」
「へへ」
「ほら……、立てるか」


まだ捕縛布に遊ばれていた盛の頃の勲章が、ありあり残る大きな手。もっとももう、まめが潰れて悲惨なことにはなっていない。何度も何度も手当てした、青い日々が懐かしい。

伸ばされたそれに掴まって、引っ張られながら立ち上がる。ふらっと軽い立ち眩み。しっかりしてくれ。呆れ混じりの声が背中を支えてくれて、ごめんごめんって苦笑する。保健室か涼しいとこか。とにかく中に入るべく、相澤くんが踏み出した。身を案じてか離される様子のない片手は、まるで幼子を連れるよう。壊さないようゆるく握る力加減が、身体の芯まで火照らせる。こんなに大事に触れること、猫ちゃん以外はきっと知らない。たぶん私しか知らない。

相澤くんに合わせて歩く。ちょっとふらふらするけれど、なんだか酩酊しているみたいで気分はぜんぜん、悪くない。



title 約30の嘘
21.08.26

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