うまく慰めてほしいの



「だいぶ下がったな」


体温計を脇へ置いたその表情に、本日はじめて安堵の色が灯った。人使の片手が私の額を覆う。大きくて、捕縛布を扱うせいかざらついていて、冷たく感じる温度がずいぶん心地いい。思わず擦り寄ると、瞠目したのち指の先で宥めてくれた。熱を吸い、とっくにぬるくなってしまった冷えピタシートが貼り替えられる。頑張れよ。人使らしい端的な励ましに、心がゆるんだ。

朝からずっと、私はベッドの上にいる。行き来したのはトイレくらいで、その間も人使は離れようとしなかった。自分のこともあるだろうに優しい人。過保護な人。どうしようもなく私のことが好きな人。今だって、相澤先生との特訓を断ってまでここにいる。『なまえのことがチラついて、それがバレて帰されるのがオチだから』と言っていた。身が入らず怒られるくらいなら端から辞退した方が合理的、ってことだろう。

申し訳なさと嬉しさが、胸の内でぐるぐるまざって絡み合う。


「ごめんね」
「それは言わない約束じゃなかったっけ」
「そうでした。えっと、ありがとう?」
「どういたしまして」


すみれ色がわずかに細まり、品良く微笑む。人使の表情筋は、入学式より百億万倍やわらかくなった。緊張の糸が解けるように肩の力がふ、と抜け、身体がなんだか軽くなる。熱が下がったからかもしれない。人使のおかげで心細くもならなくて、心の栄養は足りている。


「顔色マシになったな」
「うん。朝よりしんどくない」
「良かった。一応お粥作ったけど」
「え、人使料理出来るの?」
「まあ人並みには……でも得意じゃないから期待するなよ」


首裏を掻くのは彼の癖。照れくさそうな横顔に、わななくような喜びが胸の底から湧きあがる。ねえねえ聞いた? 私のために、わざわざ作ってくれたんだって。そう誰かに自慢したくなる愛情を、人使はいくつも注いでくれる。


「食べれそう?」


窺うような声色に、二つ返事で頷いた。頷くに決まっていた。幸い喉の痛みはない。というかたぶん、風邪とかそういう細菌性の病気じゃなくて、疲れが溜まった末の発熱だろう。昔からイベント事の後には寝込む子どもだった。

待ってて、入れてくる。腰を浮かせた人使は間もなく、美味しそうな卵のにおいを引き連れながら戻ってきた。あーんして、って恥ずかしげもなくおねだりすると、耳のてっぺんを仄かに赤く染め上げながらスプーンを差し出す。ねえねえ聞いて。今日はわがまま、言い放題。


title ワクチン
21.09.03

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