この満ち干を恋と呼ぶのだ



昔からだ。昔から、母のスカートにしがみついて隠れてる、人見知りをする子どもだった。とはいえさすがにもう高校生。いろいろ経験は積んできて、初対面の相手にだって愛想笑いくらい出来る。我ながら結構まろやかに成長した。それでも未だ、盛り上がっている輪の中にしれっと入っていくのは苦手。


「おーい緑谷―! 焼き芋しようぜ!」
「キャンプファイヤーで!?」
「やめなよ上鳴」
「焦げてしまいますわ」
「ちいせえ火、作りゃいいんじゃねえか?」
「焚き火的な?」
「おう。な! 爆豪」
「うるせえ。いちいち俺に振んじゃねえ」
「うち、芋取ってくる!」


あたたかそうな赤橙がぱちぱち照らす、皆の影が楽しそう。途中で敵に邪魔された林間合宿のやり直し。だだっ広い雄英内の一角でもう一度、皆で作ったカレーを食べた後の夜。空に向かって燃えゆく炎は、焦凍くんの個性のおかげ。ずいぶん優しい光になった。それはたぶん、緑谷くんの言葉のおかげ。

冷ややかな秋の風が吹き抜ける。丸太の上でひとり、楽しかったなあって、今日を思い出に変換していく。ここまで灯りは届かない。皆の笑顔も、きゃらきゃら騒ぐ微笑ましい声もほのかに遠い。これくらいの距離感が楽だと思う。気の利いたことも面白いことも言えなくて、楽しい時間に傷をつける心配がないから。でも少し、寂しいなあ、とも思う。欲張りだなあ。いつの間にか欲張りになってしまった。A組の皆がすごくすごく優しくて、なんにも与えていないのに与えられることが増えたから。それが良いことなのかどうかはまだ、わからないけど。


眩さに焼かれた瞳を伏せって休ませる。ねずみ色の暗い地面は、ひどく静かで穏やかだ。


「体調わりぃのか?」


不意に降ってきた声に、はっとした。鼓膜に品良く馴染む音の低さも、気付けば視界に映っていた靴先も良く知っていて、顔を上げる。夜空をバックに立っていたのは、やっぱり焦凍くん。「大丈夫だよ」と微笑めば、彼は「そうか」と安堵の息をついた。


「わかんねえから、気持ちわりぃならちゃんと言えよ」
「うん。ありがとう」
「今向こうで芋焼いてんだ。なまえも行かねえか」
「……私はいいかな」
「? 芋嫌いなのか?」
「ふっ、そうじゃなくて」
「??」


なんて焦凍くんらしい疑問だろう。一度吹き出してしまったからか、感傷的な思考はどこかへ飛んでいって可笑しさだけが喉に残る。説明はしない。良いか悪いか判別出来ない私の曖昧なんてもの、焦凍くんは知らなくていい。

ごめん、行こっか。微笑みかける。ああ、と頷いた焦凍くんはヒーローさながら手を差し出し、私が握って立ってからも繋いだまま、皆のところへいざなってくれた。



title alkalism
21.09.08

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