久しぶりに帰省した三連休。爆豪家が家族共々、夕飯に呼んでくれた。こんな時でもないと全員揃わないからね、なんて朗らかに笑う光己さんは、相変わらず優しくて素敵な人だ。

準備を手伝おうと申し出たけれど「折角なんだし、勝己の部屋でゆっくりしてきな」と二階へ押しやられてしまった。一緒に帰ってきた勝己は、どうやら既に、自室へ引っ込んでいるらしい。

コンコン、と扉をノックすれば、少ししてドアノブが音を立てた。


「なんだてめえかよ」
「誰だと思ったの?」
「オバサン」


ああ、なるほど。だから暴言も舌打ちも抑えて、すぐに扉を開けてくれたのか。

一応私の親には気を遣っているらしいことがうかがい知れて、頬が緩む。「入れや」って言葉に促され、久しぶりにお邪魔した勝己の部屋は、記憶の中と違わず綺麗に整頓されていた。


「光己さんが、夕飯できるまでゆっくりしておいでって」
「あのクソババア……」
「まあ良いじゃない。邪魔しないからさ」


眉を寄せてごろりとベッドへ転がった勝己を尻目に、何か暇を潰せるものがないか本棚を見遣る。
並んでいるのは、ヒーロー漫画や参考書。その背表紙をなぞっていくと、一際大きくしっかりとした質感が目に留まった。引き出してみればアルバムで、写っているのは、丁度出会った頃の私達。

当時の記憶なんて、もう薄らとしか残っていないのに、どうしてかな。こうして写真を見ていると、ついこの間の出来事だったかのように、じんわり蘇る。


「ねえ勝己、見て」
「あ?」


眉を顰めながらもこちらを向いた彼の元へ、アルバムを持って近寄る。
ベッドの上に置いて示せば「ああ、お前びーびー泣いてたな」と鼻で笑われた。そんなことは思い出してくれなくて良いんだけど、まあ間違ってはいない。


初めて親がいない環境で過ごすことを強いられた幼稚園時代。まだまだ甘え盛りだった私は、確かに良く泣いていた。

困り果てている母親のズボンにしがみついているところを『おい、なきむし!』とからかってきたのがこの男、爆豪勝己だった。その辺で拾ってきた木の枝でつつかれ、何だこいつと反発したような気がする。写っているのは、逃げる勝己と追いかける小さな私。短い足だなあ。


「ファーストコンタクト最悪だったよね」
「クソブスな泣きっ面だったな」
「それは忘れて」
「てめえのせいで思い出しちまったわ」


だんだん泣かなくなって、その内勝己と登園するようになったのは、年中さんくらいだっただろうか。色水を作ったり、泥団子を投げ合ったり、芋掘りをしたり、たまに四つ葉のクローバーなんか探したりして。


『いいなあ。かっちゃんもう見つけたの?』
『おう!まだ見つけてねえんか?』
『うん……』


しょげる私に『ん』と差し出されたのは、お目当てだった幸運の葉。

ああ、そういえばこの時だったか。『なまえにやる』と、少し目を逸らしながら言った勝己に胸がきゅんとして、初めてかっこいいと思ったのは。


なんて純透明な、私の初恋。
ページをめくるごとに、写真の中の私達が成長していく。美化しなくたって綺麗だった思い出が巡る。

掃除中、ホースの水をかけられて全身びしょ濡れになったこともあれば、お遊戯でふざけ半分に突き飛ばされたこともあった。それでも怒りながら笑えるくらいには、やっぱり好きだったのだと思う。

小学校に上がって、お互い同性の友達と遊ぶようになった時は、ちょっと寂しかったっけなあ。簡単に手は繋げても、お嫁さんになりたいって言葉は、恥ずかしくて言えなかった。


「懐かしいね」


全てが微笑ましく思い返せる今も、こうして傍にいるっていうのは、なんだか感慨深い。
いつの間にか見入っていたのだろう。赤い瞳がゆるやかに細められ「そうだな」と、小さく笑う。溢れる愛しさがくすぐったい。

どこまでも優しくて、どこまでも透明な初恋が詰まったアルバムは、二人揃って口を開けている腑抜けた寝顔で、締めくくられていた。

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