この希望の温度を知っている



高校受験で初めて離れた幼馴染みと、昨日久しぶりに話をした。話をして、上手く通じ合えなかった。別れ際、彼女が吐き捨てるように放った言葉は今も胸に刺さっている。


『なまえ、変わったね』


私なんにも変わってないしってむっとしたけど、たぶん彼女もそう思っていたのだろう。たぶん彼女にとっての私も、まるで知らない人みたいになってしまっていたのだろう。


本音を言うと、さびしかった。何もかも。メイクはすごく濃くなってたし、喋り方も立ち振る舞いも好きなジュースも変わってて、疎遠だった二年と少しがとても大きく感じられた。当たり前だけど彼女には彼女のコミュニティーが出来ていて、そこに私がいないことがひどく悔しかった。どこかで過信していたのだと思う。私が一番仲良しだって。彼女がどこで誰と仲良くやっていようと、私が一番近いんだって。お互いそうだったから、そうじゃない現実に直面して、心がなんだか荒立って。些細なことさえ大人になりきれなかったのだ。

嫌いじゃない。だってどうでもいい子にわざわざ怒ったりしない。割り切れないほど大切で、諦められるはずがなくて、愛想笑いでこれっきりにしたくなかった。だからちょっとぶつけ合ってしまっただけ。お互いそう。彼女も私も、きっとそう。


「よ」
「……お疲れ」


喧騒が遠のいていった教室で一人座っていると、特徴的な寝癖頭が現れた。隣のクラスの黒尾鉄朗。部長会議で仲良くなって、今や心配性な彼氏様。おおかた私の調子が悪いと察し、わざわざ来てくれたのだろう。面倒見がいいことは付き合う前から知っていた。そんなところに惚れたから。

「部活は?」と話しかければ「あーちょっとな」ってはぐらかされた。皆とっくに行ってしまった後なのに、主将がそれでいいのだろうか。……いいんだろうなあ。鉄朗にとっての“一番大事”は三つある。バレーボールと孤爪くん、それから私。いつも大体その三択で、優先順位が入れ替わる。


「今日元気なさそうだけど、なんかあった?」
「……うん」
「やっぱりか。俺に言いにくいこと?」
「違うけど、大したことじゃないよ」
「でもなまえのことだろ」


ん? と顔を覗き込まれる。至近距離の三白眼は全然引いてくれそうになく、なんなら優しさを潜めていた。おまえのことなら、俺はなんでも知りてーの。いつだったか、言われた言葉を思い出す。

あんまり長くなってはいけない。彼の時間は彼のために使って欲しい。そう手短に、昨日の幼馴染み事案inファミレスを説明する。鉄朗は、本当に大したことじゃなくて安心したのだろう。吐息混じりに小さく口の端をゆるめて微笑んだ。


「悩んでるっつーか、もう答え出てんだな」
「まあ、謝りはする。もうちょっとしたら」
「いいんじゃない? なまえがそこまで噛み砕けてんなら、今頃その子もそうだろうよ」
「……そうかな」
「幼馴染みなんだろ? だいじょーぶ」


大丈夫だよ。伸ばされた手が降ってくる。頭にやんわり着地して、よしよし優しく撫でられて。たとえば犬や子どもに対するそれじゃない。ちゃんと丁寧で穏やかな、女の子を扱う手付きに自然と肩から力が抜けた。



title 失青
21.09.13

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