愛では済まされないものの幾つか



殆どの業界に夏季休暇なんてものはない。治のお店も例外ではなく、あっちへ呼ばれこっちへ呼ばれと忙しい。ピークはやっぱりランチ時。家族連れやサラリーマンはもちろんのこと、治目当ての女性客も少なくない。

わざわざカウンターを選んで座り、おにぎりセットを食べ終えた、化粧ばちばちレディが手をあげた。しかも、


「宮さん、お会計お願いします」


あからさまな名指しだ。

まあわかる。ツラが良くて高身長、学生の頃バレーで鍛えた体は二十七歳になった今も維持されたまま。そのうえ社会人属性が追加され、店主らしくこなれてきてる。かっこええよね。わかる。若く見えて大人の余裕が感じられるん、惚れるよね。私のやけど。


「宮さんのおにぎり、めっちゃ美味しかったです」
「ありがとう。また来てや」


彼が営業スマイルを浮かべれば、女の子たちは色めき立つ。でも大丈夫。こういう時、治は必ず私を呼ぶ。いくら注文をとっていようと、レジをしている最中だろうと、昼間だけ雇っているバイトくんの手があいていようと関係ない。見せつけるようにわざとらしく、大きな声で呼んでくれる。


「なまえ!」


ほらきた。


「はーい。お会計?」
「おん。頼むわ」


ホールをバイトに任せ、厨房側に挟んであった伝票を手にレジへ向かう。あっちでお願いします。治が女性客を促した。カウンターからは一切出ない。見送るような真似もしない。治の傍を許されるのは、いつなんどきも私だけ。

ありがとうございました。お客さんを見送って、レジ内の両替確認。終わったところで「すいませーん」。届いた声に返事をしつつ、文具片手に駆け寄った。



休憩を回すのは、波がずいぶん引いてから。今日はたまたま退店時間が重なって、フロアはノーゲ、お客さんゼロ状態に落ち着いた。バッシングを済ませてくれたバイトくんを、先にお昼へ行かせる。二人きりのカウンター内。濡れたシンクを拭いていれば、突然治が吹き出した。どしたん急に。びっくりするやん。


「治?」
「ごめん。ただの思い出し笑い」
「気になるやつ」
「や、さっきな」
「うん」
「俺がおまえ呼んだ時、すぐ『会計?』って言うたやろ? 話聞いとったんやなって思って」
「え、それがおもろかったん?」
「おもろいっちゅーか……まあ、そんな感じや」
「ええ?」


私のお昼ご飯を握る、治が幸せそうに笑った。



title 星食
21.09.07

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