もう欲しいものはない



夏休みの間マネージャー代わりしてくれへんか? とお願いされて、二つ返事で引き受けた。正直、信介に会える時間が減ってしまうと若干凹んでいたところ。断る理由なんてない。とはいえ腑抜けた態度は禁物。信介の前、それも彼が一等大事にしている部活のことだ。私を選んでくれたのだって信頼あってのことだろうし、ちゃんと期待には応えたかった。

気を引き締めつつ部員のサポートに励んで五日。なるほど、これは下心だけの女の子達じゃ続かない、と制汗シートで項を拭う。既に外は39.7度の酷暑。まさかこんなに暑いだなんて想定外。皆の熱気も相俟って、空調の意味があんまりない。なのにめちゃくちゃ走ってボールをあげて、飛んで打ってブロックしてはまた拾う、部員達は元気だった。すごい。私も負けてられへんね。お、入った。得点板をぺらりと捲ってノートに記す。

ボール出しやらお洗濯やらいろいろしっかり役目をこなし、片付けまできっちり手伝い終わった後。監督さんがアイスクリームを買ってきてくれた。我先にと選びたがる双子を制した信介の目が、私を映す。


「どれがええ?」
「え、私?」
「おん。なまえが一番よう頑張っとうから、先選び」


びっくりしつつレギュラー勢を見回せば、双子含め「まあせやな」「この暑い中よう頑張ってくれとるわ」「遠慮せんと選んでください」「はよせんと溶けてまいますよ」なんて笑ってくれた。信介の彼女って贔屓目じゃなく、仕事ぶりで認められるのはなかなか嬉しい。

お言葉に甘えてビニール袋を覗き込み、ジャンボモナカをいただいた。バニラアイスに挟まれた、パリッと割れる板チョコレートが好きだった。信介はソーダアイスを選んだらしい。食べ慣れた味がいいようで、ばあちゃん家に置いてんねん、と瞳を細めて微笑みながら隣に座った。


「いろいろやってもろてすまんな。大変やろ」
「まあ。けどこんなん滅多に経験出来へんし、楽しいで。めっちゃ青春」
「そう言うてくれると気ぃ楽やわ」


しゃくしゃく、軽快な咀嚼音に混じる笑み。なまえに任して正解やった。どこか満足そうな横顔に、やる時はやる女ですと冗談めかす。なんせちょっと照れくさい。まっすぐ直球は慣れていなくて、背中あたりがむずむずする。

もう充分だ。言葉だけでこんなによしよししてもらえて、口の中も胃の内側も涼しくて、今日は充分報われた。もう明日以外なんにもいらない。なのに依然と鼓膜をくすぐる低声は、はちみつみたいにまろやかで。


「いつも頑張ってるやろ」
「……どしたん。めっちゃ褒めてくれんね」
「なまえがええ子やからな」
「んん、ありがとう。けどもうお腹いっぱいやで」
「はは、えらい少食やな」


ほんならこのへんにしとこか。立ち上がりざま、眦をゆるめた信介にアイスの袋がさらわれた。



title 溺れる覚悟
21.08.19

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