よろこびのシグナル



晴れでも雨でも関係なく、どうせなら悠仁も楽しめるところがいい。デート場所にバッティングセンターを提案したのは、そんな理由。

有名な家電量販店の9階部分。料金は3プレイで1000円弱。ちょっと高いかもしれないけれど、ストレートはもちろんフォークやカーブ、スライダーまでもが選択可能。飽きたらエレベーターをおりるだけでショッピングへと切り替えられる。ちょっと打つには最適だった。


「なんかなまえがバッセンって意外なんだけど、ほんとに俺に合わせてない?」
「ないない。まあ見ててよ」


浮かない顔の悠仁を置いて打席に入る。1プレイ分セットして、大画面に映し出されたピッチャーに合わせバットを振った。カキンッと響いた快音に、迷うことなく前へ飛んだ白い点。後ろ側、緑色をしたネットの向こうで少年みたいにキラキラ輝く大きな瞳と重なる視線。


「うっま! え、上手過ぎない!?」
「へへ」


興奮気味の悠仁に笑う。だから言ったでしょ。私結構上手いんだって。野球は得意じゃないけれど、バッティングならそこそこいける。

感嘆の声をBGMに、とりあえず1プレイ分打ち切った。日頃呪具をぶん回しているおかげだろう。幸い疲れは感じない。バットを置いてネットをくぐる。待っていたのは満面の笑みで、すげえすげえと頭を撫でくり回された。どうやら私の知らない一面を知れたことが嬉しいらしい。私もすごく嬉しいよ。直球勝負な悠仁はいつも、私を喜ばせる天才だ。


「悠仁も打っておいでよ」
「おう! あ、なあなまえ。晩飯賭けて勝負しねぇ?」
「お、いいじゃん。負けた方が奢り?」
「そんな感じ。ヒット数……は勝負にならんし、んー……」
「ホームランの的に当てる、もしくはより近い方が勝ち、とかどう?」
「いいね! それでいこ」


うっし、がんばるぞー。肩を回しながら打席に立った悠仁はけれど、振り向いた。


「ランダム押してよ」
「え、ランダム?」
「うん。ハンデ代わり。なまえ女の子なんだし、やっぱ力の差は出るじゃん」
「、」


さらっと紡がれた女の子扱いに、そういうとこ……とノックアウトされつつボタンをカチッ。間もなく金属バットがきれいに鳴いて、良いヒットが生まれてく。変化球ってだけで十分大変なのに、何が来るか分からないランダムを難なく打っては調整していく後ろ姿がかっこいい。さすが悠仁。時折振り返る弾んだ笑顔は、すげー曲がんね! って楽しそう。かっこよくて可愛いの、ずるいよなあ。


―――カキンッ!

ひと際強い快音が、はるか頭上を駆け抜けた。良い当たり。誰もが直感したヒットが、的を目掛けて一直線。けれど僅かに通り過ぎ、球1個分ずれてしまった。肩の力が抜けると共に、惜しむ声がつい洩れる。悠仁はからから笑っていた。

結局それ以上距離が縮まることなく選手交代。でも残念ながらストレートでも、さすがに悠仁の記録を上回れはしなかった。近くまでは飛ぶんだけどなあ。いざ狙ってみると難しい。打席から出て「なに食べたい?」と微笑みかける。負けちゃったけど、悔しさなんて全然ない。悠仁とまだまだ一緒にいられる幸福感で、心は満杯。


「なんでもいいよ。焼肉でもお寿司でも。この辺いっぱいあるし」
「あー……それなんだけど、さ」
「?」


照れくさそうに頬を掻き、逸れた視線が戻ってくる。


「なまえの手料理食べたいんだけど……だめ?」


ああ、やっぱり。
悠仁は私を喜ばせる世界一の天才だ。



title 失青
21.09.01

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