永遠なんて
どこにもないけど
ここにはある



まるで遠足前夜の小学生。もう夜も遅いからって二人揃ってベッドに入ったはいいけれど、目が冴えちゃって、どうしよう。

恵くんの腕の中は心地いい。柔軟剤か、ボディーソープかシャンプーか。いずれにしても落ち着く香りに包まれて、穏やかな海のように凪いだ心が浮き立っていく。眠るなんてもったいない。自然とゆるんでしまった頬は、さっきからずっとにやけっぱなし。恥ずかしいから平らな胸にくっついているけれど、あいにく締まりそうにない。隔てるものは、薄いTシャツたった数ミリ。うんと近くに感じる鼓動は、ふだんよりも少し早い。私がちょっと身動ぐたびに、夏祭りに見た金魚のごとくトクンと跳ねる。じんわり滲む彼の温度も絡まる脚も、全部が私を夢中にさせる。


「なまえ」
「ん?」
「まだ起きてんのか」
「うん。分かってて呼んだんじゃないの?」
「……早く寝ろよ」
「恵くんも起きてるのに?」
「俺はいいんだよ」
「えーずるい」
「はぁ? ずるいってなんだ」
「私だって寝顔見たい」
「……」
「ふふ。図星」
「、……いいから寝ろ。明日行くんだろ、プラネタリウム」
「行く〜」


うりうり顔を擦りつけて、くすぐってえと叱られる。ここまでがいつものお決まり。テンプレだ。上映中に眠くなっても知らないからな。恵くんの無骨な指が髪を梳き、それから背中を軽くたたいた。

とん……とん……。優しさが孕んだ手付きは、幼い子どもをあやすよう。心音よりもずっと遅くて、とろけるような睡魔を招く。寄せては返すさざ波が、きれいに意識を沖へと運ぶ。とん……とん……。


「……めぐみくん」
「ん?」
「ねぞう、わるかったらごめんね」
「いつも大人しいから大丈夫だろ」
「ねおきもね、たぶん、よくなくて」
「知ってる」
「あと、」
「なまえ」
「……ごめん。なんか、もったいなくて。よるはなくならないし、まいにちくるのに、もったいなくて」


ごめん。繰り返された謝罪の輪郭はぼけていた。ぽやぽやとしたやわい声も、ふやけてしまって可愛らしい。たぶんもう、四分の三くらいは夢の中にいるのだろう。なまえが落ち着いていることは、寄りかかる重みから窺い知れた。

勿体ないのはこの静穏か、それとも俺か、両方か。考え出すとキリがないから、また明日。明日はどうせ朝から晩まで一緒だろ。恥ずかしげもなく繋がれた手を握ってやれば、この世の至福を全部集めたみたいな顔で、嬉しそうにするんだろ。そんなに今を惜しまなくても、また明日、俺はおまえの傍にいる。目を閉じて、開ければそこに朝が来る。眠っている体感なんて、きっとそれほど長くない。


「楽しみだな、明日」
「うん」
「寝れば一瞬で来るぞ」
「いっしゅん……」
「ああ。だからおやすみ、なまえ」
「ん……おやすみ、めぐみくん」


高い温度とわずかな寝息が染み透る。胸に埋まったままの寝顔は見えないけれど、まあいいか。また明日、の夜でいい。


title 失青
21.07.31

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