夜だけが秘めごとを知っている



『あ、なまえ? 暇? 暇だよね。ちょっと出てきてよ』


こんな夜中になんて電話をかけてくるんだと思ったけれど、悟相手に怒ったところで暖簾に腕押し、糠に釘。今までだって自分が損をするだけだったし、今日に限って消音モードにし忘れていた。わたしが悪いって話じゃない。それだけご縁があったってこと。ご縁は大事にしなくちゃいけない。神様なんてサンタクロースと一緒にどこかへ行っちゃったけど、それでも運命ってやつは未だここにいる。数ある分譲マンションの内、ここがいい、ここにしよう、僕が立て替えておくからさ、と悟が言った、この部屋に。

目を擦りながら起き上がる。手近なワンピースにのそのそ着替え、洗顔と歯磨きだけはちゃんと済ませて眉毛を描いた。いくら地球が眠る夜といえど、わたしはもう良い大人。ショルダーバッグを手に取って、財布とスマホとカードキーを放り込んだ。


「おはよ。寝てた?」
「分かってて電話したんならぶん殴るよ」
「ははっ」


低くて軽い悟の声は、ひっそりとした夜にずいぶん似合わない。窘めるように名前を呼んだ。上辺だけのごめんが二回繰り返されて「でも出てきたってことはさ、なまえも会いたかったってことでしょ?」とわたしの指をすくい取る。まるで王子様がお姫様の手をとるみたいにうやうやしく口付けて、両の端を吊りあげる。……うん。かっこよくない。かっこよくないよ、悟。目元のそれ、黒い目隠し、せめて取ってくれないとね。

べつに会いたいなんて、本当にぜんぜんこれっぽっちも思ってないけど、でもそう言ったら図星を突かれて不貞腐れている子どもみたいに聞こえるだろうから「ほら行こ」って手を引いた。

骨っぽくて太い指が、指の間にわり込んでくる。あんまり握ると圧迫されて痛いことを、悟はやっと覚えたらしい。わたし専用の力加減で交わる温度があたたかい。なんならちょっと熱いくらい。それでもお互い離さないのは白昼堂々出来ないことが、星も眠る夜ならではの恋人ごっこが、生きてくうえで必要だから。


「わたし、明日任務なんだよね」
「へえ。近場?」
「まあ。車で四十分ってとこかな」
「すぐじゃん」
「悟にとってはね。で、帰りにご飯食べようと思ってるんだけど、どっか安くて美味しいとこ、知らない?」


歩きながら隣を見遣る。悟は考えるように声を洩らし、探しとくよ、とこちらを向いた。ご飯が美味しくて、デザートも美味しいところがベストだね。そう言って、暗に自分も同席すると示してみせた。



title almaak
21.08.22

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