育まれた人



「たかな?」
「大丈夫」
「おかか」
「大丈夫。そんな心配しないで」
「おかか……」
「ほんと大丈夫だって」
「……」
「棘……?」
「……」


どうしよう。圧がすごい。紫色の静かな瞳に真正面から見つめられ、なんとも居心地がよろしくなくて縮こまる。

そんなにじいっと見なくても、悪いことはしていない。ただちょっと朝からお腹が痛くて、腰も怠くて貧血気味で、少し動作が鈍いだけ。それを黙っているだけだった。だってさ。これが呪霊のせいとか怪我とかだったら、まだ話せるよ。でも残念ながら、そうじゃない。女の子には毎月やって来る常連さん。いわば恒例行事と変わらない。幸い、のたうち回るほどの痛みじゃないし、既に薬は飲んでいる。いつだって対等に扱ってほしい棘相手に、こんなことで弱音を吐きたくなんてなかったのだ。

けれど視線は刺さったまま。名前を呼んで何度首を傾げてみても、眦ひとつ弛まない。長い睫毛がほんの少し瞬くくらい。返事だってしてくれない。


古びた木枠の向こう側。絵画みたいな深緑をさわさわ揺すったそよ風が、さらさら肌を撫でていく。自然界じゃあんまり見ない、棘の瞳に囚われる。


「……ちょっと、しんどい、です」


どれくらい見つめ合っていただろう。一度こうなってしまったらもう、とことん頑固な彼は一生折れやしない。仕方ない。

大人しく白旗をあげて机にゆっくり突っ伏せば「しゃーけ」と、よしよし頭を撫でられた。よく言えました。そんな意味合いを孕んだ優しい手のひらが、疲れた後のお風呂みたいな安堵感を連れてくる。途端に力が抜けてしまって、ぺしょり。冷たい木目に頬を預けて自己嫌悪。あーあ。言っちゃった。

でも今のは棘が悪いよね。私がんばろうとしたのにさ。もうちょっとしたら薬が効いてスターもびっくり無敵虹色だったのに、なんでかなあ。真希ちゃん達とお昼に行ってくれても全然いいのに、今日に限ってなんでべったりなんだろう。もしかして今日だからかな。朝から気付いていたのかな。そんなに寒くないっていうのにホットココアを買ってくれたあれとかそれとか、心配の表れだったのかな。


「とげぇー」
「しゃけぇー」
「ぷふっ。なに、真似っこさんなの?」
「しゃけしゃけ」


やわらかい陽だまりみたいな低声は、いつにもまして凪いでいた。たぶん気遣ってくれている。痛みに響く音の幅があることを彼は十二分に知っている。呪術師、それも単独任務が許されている階級であれば尚のこと。思いやりに溢れたぬくもりが鼓膜を透けて喉を伝って、お腹の底をあたためる。


「すじこ?」
「なんでもない。呼んでみただけ」
「いくら、めんたいこー……ツナ」


それならいいけど、なんかあったら言って欲しい。なまえが大事。たぶんそんな感じだろう。あまり刺激にならないよう髪を撫でてくれる手付きは、ほんのちょっぴり拗ねていた。



title すいせい
21.08.09

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