にじいろの呪文
頭にそうっと触れた重みが、そよ風みたいにさわさわ髪を散らしてく。ときおり指の腹で擦って流す手付きは、まるで愛しい猫の毛艶を楽しむよう。やわくて優しい、私だけにゆるされている宿儺の温度。
彼の膝で寛ぐ権利を得ている時間は、なんとも甘美で贅沢だ。最初の頃は信じられずに固まるばかりだったけど、今ではすっかり慣れてしまった。恐怖なんて微塵もなくて、なんならこのまま死んでもいい。どこの馬の骨とも知れない呪霊に殺られてしまうなら、血統書付きの呪いの王に食べられた方が百倍素敵。っていうのはまあ悪い冗談なわけなんだけど、勝手にゆるむ頬はどうにも締まらない。
「嬉しそうだな」
宿儺が口の端で笑む。耳の裏をするりとなぞり、私の肌が震えるさまに喉の奥を鳴らして笑う。まったく意地が悪いんだから。
「嬉しいよ。可愛がられてるって感じで」
「ほう?」
「宿儺もされたらきっとわかるよ」
体を起こし、積み上がった隣の骨を平して座る。はい、おいで。太ももを軽く叩いて呼べば、ケヒッと笑った宿儺の頭が落ち着いた。まさか素直に従うなんて、よっぽど興味があったとみえる。もしくはただの気まぐれか。どちらにしても気に入ってくれれば御の字だ。
鴇色の短い髪にやんわり触れる。思ったよりもふわふわしている触り心地は、ひよこみたいで可愛らしい。頭の丸みに沿って流して、くしくし頭皮を撫でてやる。「初めて?」と言葉を落とせば「覚えておらん」と大雑把に跳ね返されてしまったけれど、どうも嫌ではないらしい。細まった四つ目が、とろとろ、とろり。気持ち良さげに蕩けて閉じる一歩手前、寝返りをうった鼻先が私のお腹へうずまった。息、しづらくないのかなあ。
さらさらとした耳殻をさすり、掠めた毛先の尖り具合にちょっと笑う。よく坊主頭はずっと触っていたくなるって聞くけれど、なるほど。刈り上げってこんなに気持ちいいんだ。
私のちっぽけな手のひらの中、ふだん見上げるばかりの彼を見下ろす権利がひとつ増える。
「ねえ宿儺」
「……」
「あれ、寝ちゃった?」
「……」
白い着物が呼吸に合わせて上下している。ゆったりふくらみ、ゆったり戻り、時の流れをぼかしゆく。隔絶された彼の世界は不気味ながら穏やかだった。
「このまま寝るのはもったいないかなあ」
そう、もったいない。朝が来れば、私はここから弾かれる。器である虎杖くんが目を覚ますから。宿儺の生得領域で、誰にも干渉されない寧静を堪能出来る時間はさして多くない。私の体と虎杖くんが眠りについている間、私の意識と宿儺の意識が重なっている間だけ。
「なまえ」と、耳触りのいい低声が皮膚の下をあたためる。あら起きてたの。微笑みながら再度頭を撫でてあげれば、仰向けになった宿儺の指が伸びてきた。
「案ずるな。そう惜しまずとも、すぐ会える」
すりすり目元を擦る爪先は、今この瞬間、私だけのために在る。
21.09.03