見えなくてもひかるから愛



 恵はあまり遊ばない。任務の後は報告があるからと早く帰る。誰かが駄々をこねない限り、寄り道はしない。
 親しい友人がいないようで、誰かを部屋に招いているところを見たこともない。任務や訓練以外で飲食物をシェアすることだって殆どなく、たとえば野薔薇が残した特大パフェを皆で処理した時も気乗りしていなかった。
 間違ってもフレンドリーとは言いがたく、虎杖くんみたいに人懐っこいわけでも、五条先生のように自然とスキンシップをはかれる人でもない。遊び方も付き合い方もわからない。たぶん、そういう感じだろうと思う。

 けれどそんな彼にとって、私は意外にも例外らしい。皆はダメでも私だったら許されることが、とても多い。

 飲食物のシェアはもちろん、恵の物――たとえば専用のコップなんかを使わせてくれる。部屋に行くと『上がっていくか?』と呼んでくれる。ショッピング中はカゴや袋を進んで持ってくれる。ちょっとした送り迎えも嫌がらずに頼まれてくれる。任務を終えて帰ってくると、寮の入口で迎えてくれる。
 名前で呼ぶことも、特に渋られた覚えはない。むしろあれは恵からの提案だった。私が何の気なしに『真希さんって伏黒くんのこと名前で呼ぶよね』と言ったら『おまえも呼べばいいだろ』なんて、あっさり承諾されたのだ。
 じゃあ私のことも名前で呼んでね。わかった。あの時、頷いた恵の横顔が嬉しそうだったのは気のせいじゃないと自負している。

 とにかく恵は、全くと言っていいほど私を拒まない。否定したり怒ったりしない。


「恵って私に甘いよね」
「は?」


 恵のベッドに凭れながら紅茶を啜る。穏やかな香りと程よい甘さが、鼻の先をふんわり包んで抜けていった。うん、美味しい。これ美味しそう、とネットショップを眺めながら呟いた翌週に恵が買ってきたハーブティーは、やっぱり美味しい。


「なんか、甘やかされてる感がすごい」
「……嫌なのか?」
「ううん、嬉しい」
「ならいいだろ」


 拳ひとつ分をあけ、隣に腰を下ろした恵が息をつく。なんでこんなに良くしてくれるのか、聞くのは野暮ってやつなのかなあ。思案しながら横顔を見つめていると、まだ何かあるのかと言いたげな瞳がこちらを向いた。
 こういう時、恵は真っ直ぐ人の目を見る。私の真意を瞳の奥から汲み取って、ちゃんと向き合おうとする。そうして言葉を探してくれる。上手くなくても苦手でも、言わなければ伝わらない、伝えられる内が花だと知っている。本当は私が人に対して気を遣いすぎてしまったり、些細な一挙手一投足から心の動きを察してしまう性分であることも、よくわかっている。

 何を気にしてんのか知らないが、と恵が言う。


「俺にとって、おまえは特別だ」
「特別?」
「ああ。だから深く考える必要はない。全部、俺がしたくてやってることだ」


 紅茶を続けてひと口飲む。恵は読みかけの本を開いた。ノンフィクションが好きなのだと、以前聞いたことがある。
 なんだかんだ人に合わせる恵が自分の好きなことをしている姿もまた、特別感を際立たせる。私の前では自由でいて欲しい。邪魔はしたくない。むしろこのまま、きれいな横顔を眺めていたい。
 でも、拳ひとつ分の、こんな僅かな距離がなぜかもどかしい。

 恵の視線が文字を追う。長い睫毛が微かに震え、頬に影を落としていく。ページを捲る音がする。
 静かだなあ。高専はいつも閑散としていて、耳を澄ませば呼吸さえも聴き取れる。


「なまえ?」
「ん?」


 顔を上げる。恵に呼ばれて初めて、自分が俯いていたことを知った。
 男の子らしいごつごつとした指が伸びてきて、私の前髪越しに額を撫でていく。心配そうな手付きだった。


「最近ちゃんと寝てるか?」
「うん。調子悪くなっちゃうから、睡眠はしっかりとってるよ」
「飯は?」
「結構食べてる」
「そうか。何かあったら言えよ」


 ありがとう。微笑みかけて、カラになったカップをテーブルへ置く。そうして座り直すと共に、拳ひとつ分の距離を詰めた。甘やかされたままでいい。そう本人から許されたようなものだから、素直に甘えることにした。
 重なり合った体の側面、そこから互いの温度が滲んで広がっていく。
 あたたかい。恵はいつも、お日様みたいにあたたかい。


title alkalism
24.1.4

Request:伏黒
「お前は特別」的なことを言われたい&甘やかされたい

back - index