呼気に降りつもる花嵐



 ふとした瞬間、思い出す。あと少しだった。あと少し手が伸ばせていれば、この腕が、指が、あと少しだけ長ければ、あの子は助かっていたかもしれない。最期に目にした眼差しが時折脳裏でわたしを呪う。
 守れなかった。救えなかった。私のせいで、ひとりの女の子が死んだ。

 もちろん誰も私を責めはしなかった。相澤先生も、普段はクールな轟くんも「よくやった」と言ってくれた。そもそもヒーローは、命という重責をいくつも背負う職業だ。現実をしっかり受け止めて己を磨くバネにする。そうやって強くなる。わかっている。
 けれど、あの日からずっと上手く息が吸えないまま私は生きている。弱音なんて吐けるはずもなく、今にも崩れてしまいそうな自分をただ、なんでもないフリで補強し続けている。大丈夫だと笑うことで周りに迷惑をかけずに済むのならそれで良かった。胸の傷みも心に絡みついた泥濘も、時間と共に風化していく。そう言い聞かせながら、必死に毎日頑張っていた。
 ……なのに、なんでこんな、体が動かないんだろう。

 爆豪くんの大爆発で削れた瓦礫の塊に、あの日の瓦礫が重なった。


「みょうじ!」
「ッ……」


 全機能が停止して、一番はじめに痛みが全身を駆け抜けた。金臭い。どくどくと血が流れ出ていく感覚が気持ちわるい。痛くて苦しい。つらい。ああ、あの時の女の子も、こんな感じだったのかな。
 未だ枯れない光景が瞼の裏を覆っていく。まるで映画のワンシーンみたいに断片的に蘇る。心臓が早鐘を打ち、傷口から溢れ出る血が左側の視界を塞ぐ。

 ダメだ。今はテスト中で皆の前だ。取り乱すわけにはいかない。笑わなくちゃ。笑っていなくちゃ。
 そう自分を律することが出来たのは、爆速で駆け寄ってきてくれた爆豪くんが私を呼び続けたからだ。さぞ戸惑ったことだろう。いつもの私なら軽々避けたはずだったから。

 めずらしく焦りを孕んでいる声に、顔を上げて笑ってみせる。


「だいじょうぶ、大丈夫だよ、ごめん、ボーッとしてて」


 誤魔化すことは得意だった。耐えることには慣れていた。今までバレたことはない。轟くんの落ち着いた声が大好きでよく一緒にいるけれど、突っ込まれたことなんて一度もない。お茶子は笑って遊んでくれるし、響香ちゃんだって疑わない。誰も何も聞いてこない。
 だから今回も上手く騙せるはずだったのに、爆豪くんは眉間に深くシワを刻んで「いい加減にしろやテメェ!」と怒りを放った。


「痛ぇ時は痛ぇって言えカス! いつもヘラヘラヘラヘラ笑いやがって! バレてねえとでも思っとんのか見くびんじゃねえ殺すぞクソが! テメェが雑魚なことなんざはなから知ってんだよ俺ァ!」


 あの時からずっとしんどいくせにひとりで抱えやがって自滅する気か。おまえの周りにいるヤツらはそんなに信用ならねえか。誰でもいいからさっさと頼って全部吐き出しやがれ。耐えるってのは強さでも美徳でもなんでもねえ、ただおまえを心配している奴らに対する裏切りだ。

 暴言混じりの優しさが、次から次へと降ってくる。まるで雨のような鋭くあたたかい言葉の数々が、私の頬を濡らしていく。
 そう、ずっとしんどかった。ずっとつらくてつらくて仕方がなくて、隠していたしバレたら嫌だとも思っていたけれど、本当はずっと誰かに気付いてほしかった。こんな風に、私の弱さを認めてほしかった。弱くていいんだよって言ってほしかった。


「っ……ごめ、ばくごうくっ、ごめ」
「チッ、わぁったんなら俺の名前より先に言うことあんだろが」


 手袋をはずした大きな手に肩を引き寄せられる。当然力が入るわけもなく体を預けると、医療用だろう冷たいガーゼが額の傷口に当てられた。ピリッと走ったわずかな痛みに痛いと泣く。
 こんなに簡単なことだったんだね。こんなに簡単なことが、私ひとりじゃ難しかったんだね。

 周りにはいつの間にか皆が集まってきていたけれど、堰を切ったように溢れ出した涙も嗚咽も全くもって止まらない私はそれどころではなかった。


「……たく、轟ばっか見てっから気付かねんだよアホ」


 爆豪くんの独り言も、私の耳では拾えなかった。


title エナメル
23.10.29

Request:爆豪(轟←主←爆)
手が届きそうな所・目の前で人が亡くなった事が精神的にきてしまい、ずっと一人で病んでは周りに気づかれないよう無理して過ごすヒロインと、その変化にずっと気づいている爆豪。個性テストでペアになるが、ふとした拍子に大怪我を負うヒロインがまたしても無理をするせいでブチギレた爆豪に色々と助けられたい。ついでに密かに轟にも嫉妬していてほしい。

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