触れると火になる類の永遠





 『私の娘なんだからしっかりなさい』


 物心つく頃から、そう言われて育ってきた。それはもう耳にタコが出来るほど。小さな町のヒーローだった母は芯が強く、父は穏やかに見守る寡黙な人。そんな家庭だから幼く弱い私の味方は昔からいなかった。私の将来は個性に恵まれた時点で決まっていたし、相談も泣き言も弱音も頼ることすべて、何ひとつとして許されなかった。

 似ていると思った。ヒーローになることを強いられてきて、今も尚その重圧に耐え続けている轟くんと。
 もちろん彼は、私よりもずっと過酷な環境で生きてきたと知っている。それでも彼の昔話を聞いた時、初めて救われた気がした。安心したのだ。私だけではなかった、と。
 じわじわ緩んだ緊張の糸がプツンと切れて、初めて人前でみっともなく泣いたことは記憶に新しい。戸惑いながらもずっと隣にいてくれて「溜める前に言ってくれ。俺も、みょうじの力になりてえ」と呟くようにこぼされた轟くんの優しさが、今も私を支えている。




「緊急事態! 緊急事態! 市民は至急、速やかに避難せよ!」


 不自然な地響きとサイレンが真昼の表通りを劈いた。頭より先に体が動いたのは、日頃の訓練の賜物か。
 声を張り上げ避難を促しながら、さっきデパ地下で買ったばかりのリップをポシェットに押し込む。紙袋が潰れたけれどそんなこと、今は重要じゃない。私が出来ること、私がすべき最良の選択は何だ。誰かを巻き込みたくはない。せめてこの地域を管轄するヒーローが到着するまでは、被害を最小限に抑えておくべきだ。私は雄英の生徒で、お母さんの娘なんだから。

 全神経を尖らせながら角を曲がる。瞬間、ガラス張りの壁面にひびが入って、割れた。敵だ。でも大丈夫。心臓はどくどく言っているけれど、意外と驚いてはいない。
 けれど余裕ぶっていられたのは最初だけだった。おそらく敵は物質の内部で振動を起こす個性で、触れたら終わり。シェイクされた人間なんて想像したくもない。ひとりでは限界がある。それでも私はお母さんの、ヒーローの娘だから、私がしっかりしないと。


「ッは……」


 対峙してから、もうどれくらい経ったのか。視界が暗む。地面が揺れているせいか、ひどい眩暈が治まらなくて気持ちわるい。酔っているみたいだ。敵は一定の距離を保つばかりで私に近付こうとしない。私の個性をはかりかねているのか、近接攻撃に弱いのか、それとも自分の足元を揺らすわけにいかないのか。
 ろくに回らない頭で考える。とっくに限界は超えている。だから気付けなかった。着地した先、揺れ続けているアスファルトに走った亀裂が、大きく口を開いたことに。

 傾いた体が重力のままに落下する。まるで断崖。……ああ、これが狙いだったんだ。どこか冷静な私が舌を打つ。空が遠くなっていく中、その内襲いくるであろう痛みに備える。死を覚悟して、目を閉じる。

 けれど私を包んだのは、馴染み深い冷気と力強い腕だった。

 赤い髪が視界で揺れる。地中から突き出た氷は岩のように分厚くて、辺り一面が光の速さで凍っていく。敵の振幅を上回るそれは、一分と経たない内に元凶をも呑み込んだ。目の当たりにして痛感する。個性も使い方も、やっぱりレベルが全然違う。轟くんの登場によって、事は呆気なく片付いた。
 なのに彼は苦虫を嚙み潰したような顔で、ただただ私を見下ろしたまま動かない。静かな怒りを秘めた瞳が、泣き出しそうに。


「……すぐに言えって、言っただろ」


 その声色が震えているのは、どうして?


「なんで頼らねえんだ! 連絡一本で済む話だろ!」


 力任せに抱き締められて気付く。轟くんらしくない声の荒げ方に、それだけ心配してくれたことを知る。しっかりしなさいと叱られることはあっても、頼って欲しいと言われることはなかった。


「ごめん。ごめんね、轟くん」

 

「ひとりでよく頑張ったな」


title alkalism
24.5.13

Request:轟
誰かに頼ることが苦手なヒロイン。一人で買い物に出かけた先で敵に襲われ応戦するも、もう死を覚悟したところで轟に救援連絡をしなかった為に怒られつつ助けられたい。両片思い。

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