約束をひとつだけ
不自然な地響きとサイレンが真昼の表通りを劈いた。頭より先に体が動いたのは、日頃の訓練の成果だ。
警報ロボットとともに市民の避難を促しながら、午前中に買ったばかりの新作リップをポシェットに押し込む。紙袋が潰れたけれど、そんなこと、今は気にしていられない。私が出来ること、私がすべき最良を選ぶために頭を働かせる。
誰かを巻き込みたくはないし、迷惑もかけられない。せめてこの地域を管轄するヒーローが到着するまで、最小限の被害に留めておかないと話にならない。私がしっかりしなくちゃダメだ。頼ることは弱さの証明みたいで苦手。それに、経験が浅いとはいえ仮免許を持っている雄英高校ヒーロー科の生徒なんだから。
けれど、そんな決意もむなしく状況は悪化していった。避難誘導は間に合ったけれど私がもたないかもしれない。個性の相性が悪いだけでなく、敵の使い方が上手い。おそらく初犯じゃない。やだなあ、もう。
対峙してからどれくらい時間が経っただろう。打撲で済んではいるけれど、全身が痛くて重くて気怠い。ひどい眩暈も治まらなくて、ずっと地面が揺れている。敵は一定の距離を保ったままそこにいるのに近付けない。どうすればいいか考えようにも、もう思考さえ覚束ない。たぶん限界を超えている。
だから尚更、気付けなかった。着地した先、アスファルトに走った亀裂が大きく口をあけたことに。
「ッわ、!」
傾いた私の体は一瞬滞空したかと思うと落下した。まるで断崖。地表の断面がスローモーションで通り過ぎていく。行き着く先は、地面かマグマの棺桶か。こんな死に方いやだなあ。
走馬灯は見えなくて、いっそ憎らしいほど青い空が遠のいていく。死を覚悟したその瞬間、周囲を冷気が覆った。
影が現われ、光の速さで凍る地表とは裏腹に、やわい温もりに包まれる。揺れる赤と白い髪、火傷痕、馴染みのある低い声。焦りを孕むオッドアイと目が合って、轟くんだと認識する。
彼の足場は地中から生えるように突き出た分厚い氷で、思わず感嘆の息が漏れた。ずっとかっこいい個性だとは思っていたけれど、間近で見ると圧倒される。
「みょうじ、」
「と、どろきく、ヴィランが、上に、」
「っそうじゃねえだろ……なんで呼ばなかったんだ!」
「?」
「救援要請! 現在地送るだけでも出来ただろ!」
口を噤む。巻き込みたくなかった、迷惑をかけたくなかった、なんて言ったらもっと怒らせてしまう気がして、返す言葉が見当たらない。
ぼやけた視界の中に映る轟くんは、苦虫を噛み潰したような顰めっ面だ。それでも私を抱き締める腕は優しくて、耳元で「無事でよかった」とこぼされた声は震えていた。轟くんがどれだけ私を心配したか、落ち着いていく彼の鼓動から伝わってくる。
こんな時に嬉しくなってしまうだなんて、ダメだね私。本当はもっと反省しないといけないのに、謝らなくちゃダメなのに。ねえ轟くん。入学したての頃に比べてずいぶん感情豊かになったね。私はそれが、とっても嬉しい。
「これからは呼んでくれ」
「……うん」
「頼むから」
「わ、かった。約束、ね」
地上から私たちを呼ぶ声がする。轟くんと一緒に駆けつけていたプローヒーローによって、事態は無事に収束した。
Request:轟
誰かに頼ることが苦手なヒロイン。一人で買い物に出かけた先で敵に襲われ応戦するも、もう死を覚悟したところで轟に救援連絡をしなかった為に怒られつつ助けられたい。両片思い。