二人分の足音。二人分の二酸化炭素が、雨に混じって浮遊する。いつもより、少しだけ遅い速度。合わせられた歩幅。あたたかい肩へ身を寄せれば、僅かに震えた吐息。

濡れるから。

そんな理由で何もかもが許容される傘の中、爆豪くんだけを感じていられる時間は、とても幸せだった。だから、自分の傘は持たない。朝も夕方も、彼の黒い傘だけが、私と雨を隔てるもの。


最初はイライラしていた爆豪くんだけれど、次第に文句も言わなくなった。最近では、わざわざ玄関で待っていてくれる。下駄箱に背中を預け、スマートフォンで暇を潰しながら。

お待たせって言ったら、ポケットにしまいつつ「誰がてめぇなんざ待つか死ねクソ」って吐き捨てられる。相変わらず素直じゃない。でも、こんな些細な変化が、嬉しいと思う。いつだって幸せを増幅させてくれるのは、爆豪くんだった。切島くんでも、上鳴くんでも、轟くんでもダメなこと。私の中枢を満たすのは、この世界にたったひとり。


「いつも有難う」


口を突いてこぼれた言葉に、他意はない。
不意に止まった彼にならって、足を止める。鼓膜をくすぐる柔らかな雨音が、ひどく心地いい。

少しだけ顔を上げれば、なんとも言えない顔の爆豪くんが、静かに私を見ていた。


「良く分かんねえ奴だな」
「そう?有難う」
「褒めてねえわカス」


片口で笑ったその表情に、心臓ごと鷲掴みにされたような熱が湧き立つ。細められた綺麗なルビーは、どうしてか、いつもより落ち着いているように見えた。当たらない程度に下げられた傘。ほんの数センチ屈んだ爆豪くんの片手が、私の後頭部を捕らえる。傾けられた顔。寄せられた鼻先。呼吸さえ触れてしまいそうな距離で、とても甘やかに響く低音。


「目ぇ閉じろ、なまえ」


私の全てを奪っていくその瞳が、手が、声が、唇が、ただ愛しくて、愛しくて―――。

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