「影山ー!こっち持ってー」
「ウッス」
「日向はそっちなー!」
「はーい!」
「こぉら月島。動きなさい」
「すみません」
「お前らー肉買ってきたぞー」
「アザーッス!!」


ガヤガヤわたわた。まあ朝から良く動くものである。バーベキューの言い出しっぺは武田先生だったか。一升瓶を抱えた烏養さんが似合いすぎて笑う。酒屋の兄ちゃんにいそう。

なんてのんびり休憩していたら、心配そうな顔をした飛雄が寄ってきた。


「具合悪ぃのか?」
「んーん、大丈夫。私の出番まだだから待ってるだけ」
「そか。何かあったら言えよ」


わしわしとぎこちない手に頭を撫でられ、なんだか得した気分に浸る。


テキパキ動く三年組、バレないようにサボる月島くん、良いように使われる他一年組、セッティングする大人達と二年生。女子は野菜の切り分けや洗い担当なので、もうそろそろ働き時だ。

袋から食材を取り出し、谷地さんと潔子ちゃんと一緒に洗い場へ向かう。ちょこちょこ背中に感じる視線は、飛雄だろうか。気になって振り向くと、案の定、離れた場所にいる飛雄と目が合った。小さく手を振れば、ぴくりと跳ねる肩。恥ずかしそうにそっぽを向く姿が、なんとも微笑ましい。

思わず口角が緩めば、隣でキャベツを洗っている潔子ちゃんが、くすりと笑った。


「影山、ずっとなまえのこと気にしてるね」
「だね。私そんなに危なっかしい?」
「心配なんじゃないですか?彼女さんですし!」
「うーん、そんなもんなのかな」


まあ何にせよ、気にしてくれるのは嬉しいことだ。「ラブラブですねー」なんて谷地さんの言葉に、ほんのり気恥ずかしさが浮かぶ。


そうね、ラブラブかもね。

最近は行きも帰りも自転車の後ろへ乗せて送ってくれるし、部活だろうと休日だろうと傍にいることが増えた。当初の敬語もはずれ、あれだけ恥ずかしがっていた飛雄が、手を繋ぐことにすら慣れ始めてきている。私のどこが一番気に入ったのか聞けば、真剣な顔をして「選べねえ」と悩むくらいには好きでいてくれているし、もちろん私も負けていない自信があった。


皆の元へ戻ると、もう火はついていた。
お腹を空かせた部員のために、早速お肉を焼き始め、紙コップを配る。各々好きなジュースをついでもらって、澤村の音頭で乾杯すれば、後は争奪戦だ。いい匂いが漂う中、私の隣へやってきた飛雄のお皿には、既にこんもりお肉が乗せられていて。どうやら戦場を勝ち抜いたらしい。


「食うか?」
「ありがと。ちょっと貰うね」
「おう」


笑いこそしないものの、辺りにぽわぽわ華を散らす様が可愛い。リスのように頬をいっぱいにした、幸せそうな飛雄を尻目にお肉を咀嚼する。うん、美味しい。器がカラになると、再び取りに行ってくれた。こういう時、彼女の特権を実感出来て、胸があったかくなる。
田中と戦っている姿を眺めながら、心の中で応援すること数十秒。


「あれ、烏野?」


どこかで聞いたような声が、背後から聞こえた。
「あ、マネちゃん久しぶり〜」なんて手を振りながら近付いてくる、爽やかそうともチャラそうともとれるこの茶髪イケメンは誰だったか。間違っても烏野の生徒ではない。


「なあに、焼肉?」
「はい。バーベキューです」
「あー、女子マネいるとこは良いよね。華があってさ」
「はあ……」
「あれ、もしかして俺のこと覚えてない?」


降ってきた視線に肩を竦めた途端、まるで私と彼を隔てるように、黒い影が視界を遮った。
幾度と見てきたその広い背中が誰かなんて、もちろん顔を見なくても瞭然だ。「絡まないでもらっていいっスか」って硬い声に、開きかけた口を閉じる。とんとんと進んでいく会話の端々に潜んでいる険悪さは、仲良しや顔見知りのじゃれ合いではない。あまり触れないでおいた方がいいかもしれない。そうお肉を箸で摘まんだ直後、鼓膜を掠った言葉があまりにもらしくなくて、ちょっとだけ噎せた。


「俺のモンなんで」


待って。全然聞いてなかった。
どんな流れでそうなったのか、もう一回最初からお願いします。

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