『切島には、みょうじが好きだからじゃねぇかって言われた』


そう告げられたあの夜から、ほんの少しだけ、爆豪くんとの距離が縮まった。

相変わらずお昼は切島くんと出て行ってしまうし、私に対して笑いかけてくれることもなければ、口数も少ない。でも「おはよう」って声を掛ければ「はよ」って返してくれるし、「お疲れ様」って労えば、擦れ違い様に頭を一撫でしてくれるようになった。


優しくしたいけど、どうしたらいいか分からない。そんな戸惑いがありありと伝わってくるのは、彼の好意を認識出来ているからか。

何も分からなかった不安が消えて、小さな余裕が生まれて、背中を押すものが増えて。目が合うだけで幸せだった平穏な日々が、戻ってきつつある。そんなある日のこと。


「みょうじ」
「?」


顔を上げた先。エレベーターからおりて、一直線にこちらへ向かってきた爆豪くんは、くいっと顎をしゃくった。「ツラ貸せ」って物騒な呼び出しに、怒っている素振りは見受けられない。

この間の続きかなあ、なんて漠然と思いながら、あの時と同じように階段をのぼる背中へついていく。
あれから結局、お互い上手く言葉を探せていないままだった。



三階と四階の間くらい。静寂に包まれた踊り場。爆豪くんは、そこから三段ほど上へ腰をおろした。私はどうするべきなんだろう。隣へ座っても、怒られないかな。ほんの数秒思考を巡らせたけれど、このまま見下ろしているのも良くない気がする。

覚悟を決めてそっと歩み寄れば、彼が座っている一段下。ここに座れと言わんばかりにあけられた足の間を、その大きな手が叩いた。


「……え、と」
「あ?」
「そこ、座ってもいいの?」
「さっさとしろや」


大きく鳴った鼓動を宥め、いそいそ腰を落ち着ける。途端に回された腕。普段の横暴さと違わない雑さ加減で引き寄せられ、背中から広がったのは、爆豪くんの体温。

胸が苦しい。とくとくと速まる心音が全身を覆って、今にも破裂してしまいそうだと思う。顔が見えなくて良かった。沸騰しそうな頬の熱を、吐息に乗せて逃がす。行き場のない両手は、膝の上で握った。あたたかい。


「てめえはどうなんだ」


そう降ってきた低音は、ひどく穏やかで。やっぱり、この間の続きを話すつもりなんだろう。わざわざ同じ場所まで呼び出して、曖昧なままでも良かったのに、ちゃんと向き合ってくれるらしい。それなら、それ相応の向き合い方をしないとなあ。爆豪くんの気持ちも答えも知っているから、口にするのは存外容易い。


「好きだよ」
「……」
「たぶん、ずっと前から」
「たぶんって何だ」
「正確な時期が分からなくて」
「は?」
「気付いたら、好きになってた」


少しばかりの緊張と、息をこぼす。
そうして、なんとなく上がったような体温に包まれながら、ゆっくり力を抜いて凭れていく。私の告白も、体重も、何もかもを受け止めるように鼻で笑った爆豪くんは「よそ見させねえから覚悟しろや、なまえ」と、静寂を奪っていった。

ずっと抱えてきたこの熱情は、そんなに綺麗なものばかりではないけれど、もう、迷わなくて良いんだね。

back - index