暇潰しにウェイウェイ言いながら手押し相撲を楽しんでいたら、思ったよりも上鳴の力が強かった。

情けなくも踏ん張れなかった体が、ぐらりと後ろへ傾く。全てがスローモーションみたいに感じる中、私をすくい上げてくれたのは、上鳴でも峰田でも切島でもなく、視界の端から伸びてきた、力強い腕だった。


「っぶねぇだろクソが!!!」


教室の端から端まで響き渡る怒号に、鼓膜と肩が震える。

謝ろうと顔を上げれば、意外にも意外。てっきり鈍くさい私に対してだろうとばかり思っていた怒りの矛先は、私以外に向いていた。

「鈍くせぇ奴相手にしてんじゃねえわぶっ殺すぞ!!」って、ドスのきいた声と吊り上がった目。睨まれている上鳴の消え入りそうな謝罪が耳に痛い。


でも、どうしてだろう。

そんなことより何より、ブレザー越しに触れている箇所から伝わる体温へ、意識が向かってしまう。腰を支えている、ごつごつした手。変わらなかった背丈は、もう既に頭一つ分くらい抜かされてしまっている。いつもツンツンしているのに、何だかんだ返事はちゃんとしてくれて、羨ましくなるくらい色白で、赤い瞳が綺麗で、ほんのり漂う甘い香り。そんな幼い頃と変わらないはずの可愛いかっちゃんが、まさかかっこよく見えるだなんて、そんな。


どくん、と廻った血液に、心臓が跳ねる。


思えば、かっちゃんの成長を感じる場面はいくつかあった。

三日前に出掛けた時は満員電車で壁になってくれたし、街に出ると必ず車道側を歩いてくれる。ちょっとした買い物の袋だって、直ぐにぶん取られる。もちろんカスとか死ねとかブスとか言われるけれど、最近になって女の子扱いが増えたと感じるのは、決して気の所為でははいだろう。

ああ、困ったな。
じわじわせり上がるこの熱は、一体どこへ逃がせばいいのか。


以前よりガッシリしたかっちゃんの腕に抱えられたまま考えていると「てめぇも気ぃ付けろやカス」ってデコピンされた。普通に痛いけど、何だか優しさが篭っているような気がして、余計に恥ずかしくなる。とりあえず心の整理がつかないので、一旦離してくれませんか。

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