不快感を嚥下する。
何となく朝から調子が悪い。頭痛がするわけでも、お腹が痛いわけでもないのに、胸から喉にかけてを覆う妙な違和感が消えてくれない。その内治まるだろうって思ってたのに、困ったなあ。
お弁当を理由に、食堂への誘いを断る。食堂でお弁当食べればいいじゃんって言われたけど、それも断った。食欲がないとは言えなかった。
友達の背中が見えなくなって、ようやく貼り付けていた笑顔を戻す。バレなくて良かった。本当はお弁当なんてないけど、今日は食べれそうになかったから丁度良い。それにしても、胸が悪い。
教室の片隅で、そっと息をこぼす。
治まれ、治まれ。そう念じながら小さく深呼吸をすること二回目。不意に影が差した。
顔を上げる間もなく降ってきた呼び声は大地で、珍しいなあ、とぼんやり思う。いつも菅原と食べているのに、何かあったのか。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたも…大丈夫か?」
「うん?」
「朝から体調悪いだろ」
「……そんなことないよ。大丈夫」
「こぉら。隠そうとしない」
こつ、と額を優しく小突かれ「お前のことくらい分かるよ」なんて、何とも男前なセリフに恥ずかしくなる。
もうすぐ付き合って半年。相変わらず面倒見が良くて、口にしなくたって全部悟られてしまいそうだ。だからこそ、迷惑も心配もかけたくなかった。
でも、誤魔化すように目を逸らした行為が、大地の確信を更に肯定してしまったらしい。痛いところや鎮痛剤の有無を聞かれ、それでも大丈夫だと笑ってみせれば、教室から連れ出された。
おかしいな。
繋がれている手は温かくて心地良いのに、胸の不快感は歩く度に広がっていく。ちょっとでも気を抜けば吐いてしまいそうな気持ち悪さに口元を押さえれば、すぐ様気付いて足を止めた大地の手が、背中をさすってくれる。
「なまえ、トイレ行くか?」
「だい、じょぶ……」
「無理するなよ」
お礼を言うことも、謝ることも出来ず。ただ目を瞑って耐えようとすれば「ちょっとごめん」って断りの後、体が浮いた。
反転した視界には、大地の心配そうな顔。支えられている箇所から、じわりと体温が滲む。驚きのあまり引っ込んでしまった吐き気の代わりに、大きく脈を打った鼓動が苦しい。
「だ、だいち……?」
「この方が早いし楽だろ」
「や、楽だけど、私重いし」
「これ位どうってことないよ。むしろ軽い」
そう笑った大地は、会話が出来るようになった私に安堵したようだった。「恥ずかしかったら目ぇ瞑ってなさい」って優しい声に、絆される。
きっと気遣ってくれているんだろう。
思ったよりも振動はなく、いわゆるお姫様抱っこをされていると言うのに、不思議と心地が良い。それでもやっぱり、擦れ違う生徒の視線が恥ずかしくて瞼を閉じれば、いつの間にか微睡みの中へ呑まれてしまった。
放課後。
すっかり回復した私と、今更になって恥ずかしさが湧いているらしい大地が、揃って菅原にからかわれたのは言うまでもない。
「何であんなことしたの澤村さん……」
「仕方ないだろ……お前しか見えてなかったんだから」
重なった溜息に顔を見合わせれば、どちらからともなく、笑みがこぼれた。