個性事故で狼になってしまった爆豪くんを、恋人だからと押し付けられた二日目の夜。クリーム色の毛を撫でようとすれば、煩わしいと言わんばかりに唸られた。仕方なく手を引っ込め、ガツガツご飯を食べ始めた凛々しい姿を眺めるだけに留める。

無意識にこぼれたのは溜息。言葉がないって、結構辛い。

それでも昨日は、そこそこ楽しかった。シャワーで洗ってあげている間も大人しかったし、特にご飯へ文句を言うこともなく、危うく腕を噛まれるところだったけれど、何だかんだ夜は抱き枕になってくれた。いつもと比べるまでもなく、それはそれはお利口さんだった。爆豪くん自身、使い勝手の分からない動物の体に戸惑っているのかもしれない。


「美味しい?」
「………」


ちらりと寄越されたのは、視線だけ。

別に、普段から会話が多いわけではない。彼女だからといって暴言が控えられることもなければ、その手のひらに火花を散らせたことだって、一度や二度では済まない。だからこれくらい全然へっちゃらな筈なのに、弱ったなあ。声が聞けない、返事がないっていうだけで、こんなに辛いなんて思いもしなかった。

落ちていくばかりの心持に、再び溜息がこぼれる。


「早く元に戻ってよね」
「………」
「いつもみたいに怒鳴ってくれないと、なんか調子出ないんだから」
「………」


ぺろりとご飯を食べ終わったその口元をウェットティッシュで拭いてやる。嫌そうに睨まれたけれど、吠えられはしなかった。犬のお世話は手慣れたものだ。小さい頃、実家で飼っていて良かったと思う。何事も、経験しておくにこしたことはない。

すっかり満足したらしい爆豪くんは、のそっとベッドへ乗った。食器をシンクへ置いて、電気を消す。明日洗えばいい。


「ねえ、引っ付いてもいい?」


聞くと、再びこちらを見た赤い瞳が細められた。至極穏やかなそれが”好きにしろ”とでも言うように閉じられたかと思うと、今度は乾いた鼻先が、頬へ寄せられる。きっと眠いのだろう。

犬とは違った少し硬い毛を撫でながら、素直に身を寄せる。「おやすみ、爆豪くん」と声を掛ければ、たった一度だけ、控えめに吠えてくれた。初めての返事らしい吠え方に、少しだけ心が凪ぐ。”おやすみ”よりは”早く寝ろやカス”って感じだろうなあ、なんて。ねえ、元に戻っても、こんな風に一緒に寝てね。

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