言ってしまえば、勝己以外、どうでもよかった。今も昔も、私の世界は彼を中心に回っている。肩書きだけの友達は、みんな私より仲のいい誰かがいて、私より大事な存在がいる。その程度の薄い付き合いに、神経を分け与えられるほど優しくはない。

でも、勝己だけは私の生きる希望であり、未来であり、心の均衡を保つために必要な、安定剤のようなものだった。だから、たとえクラスメートであろうと何であろうと、その隣に知らない女がいることが、どうしようもなく嫌だった。

ああ、私って醜い女。

分かっているのに、その名前を呼ばずにはいられなくて。


「勝己」
「あ?」


振り向いた勝己は、私の顔を見るなり腰を上げた。話している最中でも私のことを優先してくれる優越感に、ちょっとだけ落ち着く。歩み寄って来たその両掌は「んだ。何かあったんか?」と、私の頬を少々雑にすくい上げた。

どうしよう。上手く笑えない。

いつも変わらない、とても真っ直ぐなその瞳に、いったい今の私はどう映っているのか。きっと酷い顔をしているに違いない。なんせ、人それぞれであるべき価値観とくだらない独占欲を、あろうことか勝己に押し付けようとしているこの劣情に、ほとほと呆れかえっているところだ。


「ごめん、顔見たかっただけ」


そんな苦し紛れの言い訳は、大きな舌打ちに一蹴された。

まあ、そうだよね。私が勝己のことをよく知っているように、勝己もまた、私のことをよく知っている。誤魔化されてくれるほど甘くはないし、放っておいてくれるほど薄情でもない。


「チャイム鳴るまでに吐かねえと燃やす」


敵顔負けの物騒な物言いに、つい苦笑が浮かぶ。

手を引っ込めた勝己は、溜息を吐きながら壁へ凭れた。言葉通り、チャイムが鳴るまで自供を待つつもりらしい。迷惑をかけているこんな状況でも"数分間は勝己を独占出来る"なんて喜んでしまうあたり、今日の私は不安定だ。なんだか勿体ないような、申し訳ないような、よく分からない気持ちが渦を巻く。

勝己は私の。全校生徒の前で、そう豪語出来たなら、もう少し楽になれるだろうか。"俺は俺のだ"って、燃やされるんだろうなあ。


「なまえ」
「……」
「黙りかコラ」


思考を遮るように、うに、と抓られた頬が痛い。素直に声をあげると、更にうにうに引っ張られた。痛い。


「くだらないことだから、言いたくないの」
「くだらねえかどうかは俺が決めんだよアホ。いいから吐けや」
「言わない」
「ぶっ殺すぞ」


募る苛立ちを隠そうともしない声に、躊躇いばかりの心が、少しずつ上塗りされていく。それでもやっぱり、ありのままを伝えるなんて出来やしない。


「勝己が構ってくれたから、もういいの」
「はぁ?」


筋肉質な背中へ、手を回す。いい匂いのする首元へ鼻先を埋めて、大きく深呼吸。

もういいの。この温もりが、他の何より私を優先してくれるなら、もういい。引き剥がしたりしないで、こうして触れることを許してくれるなら、それでいい。優越も嫉妬も劣情も何もかも、彼の傍に立つ私には、必要のないもの。

そう、腹の底で燻っている醜い私を宥めすかす。


「たく、相変わらず意味わかんねぇな」


こうしたかっただけ、なんて嘯いてみせれば、溜息とともに髪を乱された。

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