雄英高校を卒業し、世間ではなく彼を支えていくことを選んで二年。想像していたよりもずっと早く訪れた幸福に、胸が落ち着かない。淡い常夜灯に包まれた寝室の白い天井は、もう見飽きてしまった。幸せなんて、きっとこれくらいが丁度いい。

特別なエステで、身も心もリフレッシュしたばかり。いつもよりもちもちすべすべな肌も、伸ばした髪も、落とした脂肪も、全て明日のためだった。早く寝なくちゃって分かっている。それなのに、いっこうに睡魔はやってこない。まるで遠足前の小学生みたいだ。そう思うとなんだか可笑しくて、ちょっとだけ笑ってしまった。

隣の黒い塊が、もぞりと身じろぐ。


「……早く寝ろ」
「だって楽しみなんだもん」
「遠足じゃねえぞ」
「それさっき私も思った」


頬が緩むままに笑いかければ、消太も吐息混じりに笑った。


「ごめん、起こしちゃったよね」
「いや、気にすんな」


細いように見えて意外とがっしりしている腕が背中へ回り、優しく引き寄せられる。壊れ物を扱うような、宝物を胸に抱くような、そんなやわらかさ。首元へ鼻先を寄せれば、同じシャンプーの香りが肺を満たしていった。

手を繋ぐのもキスをせがむのもいつも私の方だっていうのに、こういう時だけ甘やかしてくる消太は、本当にずるいと思う。腰をなぞる指がくすぐったい。


「……痩せたな」
「ちょっとだけね。サラダ生活頑張った」
「知ってるよ」


そのまま項まで背骨をなぞられ、肌が粟立つ。全く、この気まぐれな男は、私が余計に眠れなくなったらどうしてくれるんだろうか。

抗議の意を込めて、思いっきりぎゅううって抱き着いてやると、案の定びっくりしたらしい意地悪な手が跳ねた。降ってきたのは、苦笑混じりの笑い声。


「悪い。ちゃんと楽しみにしてるから機嫌直せ」
「何を楽しみにしてるって?」
「相澤なまえさんの花嫁姿」


にやりと上げられた口角に、ああもうって吹き出す。やっと成人したっていうのに、まだまだ敵わない。ずるいなあ。自分の名前が、こんなにも甘やかな響きで心臓をかき立てるだなんて、たった今はじめて知ったよ。

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