私の背が、あと十センチ低かったら。
小さくて華奢な女の子を目にする度、どうしても顔を出す劣等感に胸が詰まる。せめて美人で、スタイルが良ければ。そう思った回数も、両手の指では数え切れない。

別に、羨んだところで身長が縮むわけではないし、脂肪も落ちない。もちろん、引け目なしにヒールが履けるようになるわけでもない。分かっている。でもやっぱり、小さくて華奢な方が可愛いって思う。守ってあげたいなって思う。女の私から見てもそうなのだから、男の子達からすれば尚のこと。きっと、かっちゃんもそう。


「おい!聞いとんのかコラクソなまえ!」


ボンッて爆発音に、全身が跳ねる。驚きと共に顔を上げれば、眉間にシワを寄せた不機嫌そうなかっちゃんに睨まれた。ああ、せっかくの数少ない言葉を聞き逃すなんて最悪だ。


「ごめん、聞いてなくて……もう一回言って?」
「ったくクソが。てめえが今何考えてたか先に言え」
「えぇ……」
「えぇじゃねえわ!さっさと吐けやカス」


もうすっかり慣れてしまった暴言のオンパレードと馴染みの強引さに、つい苦笑がこぼれた。

何があっても、どんなことがあっても、いつも自分の力で前を向くことが出来る強い人。そんなかっちゃんに、こんな劣等感ばかりの女々しい胸の内なんて、到底言えたものではない。鬱陶しいって思われるのも、しょうもない女だって呆れられるのも嫌だった。どう誤魔化そうかなあ。

自然と落ちた視線を戻して向き合った赤色は、けれど、瞬きひとつせずにこちらを見ていた。この様子じゃ、黙秘はもちろんのこと、逃がしてさえくれないだろう。仕方ない。たとえ取り繕ったところで、聡い彼にはきっと見破られてしまう。そうなった方が、後々面倒くさいのは目に見えていた。かっちゃんが何を言っていたのかも聞きたい。


「……小さい子の方が好きなのかなって、考えてた」
「はあ?」
「ほら、低身長で華奢な女の子の方が可愛いでしょ?だから、かっちゃんもそうなのかなって……」


尻すぼみになった私の声は、存外自分でも分かるほどに沈んでいった。もっと軽く、なんちゃって話みたいに言えれば良かったのにって、後悔が渦を巻く。もう随分と長い付き合いであるこの気がかりは、どうしたって隠し切れないらしい。

どんどん不安に埋もれていく鼓膜を襲ったのは、さもくだらないと言いたげな深い溜息。


「なまえ」
「……はい」
「顔上げろ」
「………」


言われるがまま、おそるおそるかっちゃんを上目に見る。どうやら、怒ってはいないらしい。テーブルに頬杖をついているその眉間に、さっきまでのシワはなかった。

チッと舌を打った端整な顔が、まるで向き合うように少しだけ寄せられる。


「良いか。一回しか言わねえからよく聞け。俺ぁな、チビだろうがデカかろうが、てめえなら何でもいんだよ。好きでもねえ女にわざわざ日曜あけてやるほど暇じゃねえんだコラ死ねカス」
「………」
「分かったかブス」
「………」


ただただ頷くことしか出来ない私を、それでも私だからと許してくれる優しさも何もかも、どうやら全部限定品だったらしい。

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