昼下がり
「ほら、片足上げて」
「指図すんな。噛み殺すぞ」
「物騒なこと言わないの。自分で出来ないからやってあげてるんでしょー」
「勘違いしてんじゃねえ。俺がさせてやっとんだ」
「何でもいいから、早く足上げて」
ほかほかの蒸しタオルを手に息を吐く。
ぷいっとそっぽを向いた爆豪くんは、大きな舌打ちをしながら、渋々前足を上げた。
どういう経緯か、珍しく個性事故に巻き込まれたらしい彼は、今現在、狼である。見た目はもふもふの大きな犬だけれど、態度は相変わらずで眉間のシワもそのまま。とっても可愛くない。
せめてポメラニアンだったら、まだ可愛気もあっただろうに、と想像しかけてやめる。爆豪くんには似合いそうもなかった。
「おいモブ女」
「私はモブ女じゃありません」
「うるせえな。てめえなんざモブで十分だろが」
「きゃんきゃん吠えないで」
「吠えてねえわ!ぶっ殺すぞクソが!」
ああもう、うるさい。
キーンと鳴る耳に、自然と眉が寄る。
姿が動物へと変わったなら、いっそ言葉も変わってしまえば良かったのに。いや、それはそれで本当にうるさいかもしれない。
こぼれたのは、やっぱり溜息。
まあ、仕方ない。爆豪くんがかかってしまった個性の持続時間は、最大二十四時間だと聞いた。とりあえず一日我慢すればいいだけのこと。もしかすると、夜はいい感じのもふもふ湯たんぽになってくれるかもしれない。望みは限りなくゼロに近いけれど、大丈夫。頑張れ私。
自分に言い聞かせながら手を洗って、キッチンに立つ。
ついさっき私を呼んだのは、きっとお腹がすいたからだろう。なんだかんだ付き合いが長いせいか、言いたいことは大体分かる。手を使わなくても食べやすいものといえば、やっぱり肉類かな。
「ご飯何でもいい?」
「おう。つか作れんのか」
「一応ね」
「不味かったらぶっ殺す」
「えぇ……残すだけにしてよ……」
「あ"?美味く作りゃ良いだけだろが」
「そうだけどさぁ……」
「うだうだ言ってねえでさっさと作れやカス」
「カスじゃないし」
全く、いつになったら名前で呼んでくれるのか。
腹いせに、物凄く食べにくいご飯にしてやろうか、なんて思いながら、冷蔵庫を開ける。丁度豚のお肉があったので、手間も時間もかからない生姜焼きにしようとフライパンを出した。
爆豪くんの舌がお気に召す辛さなんて、凡人の私には分からないけれど、なんとかなるだろう。もし足りなかったら、そのまま生姜を乗せてあげれば良い。
出来上がった食事を持ってリビングに戻ると、爆豪くんはカーペットの上で寝そべり、悠々と寛いでいた。自宅で狼がごろごろしている光景は、何だか変な感じだ。少し眺めていると、こちらを向いた赤い瞳とかち合った。幸い、遅いと怒鳴られることもなく、ガツガツと豪快に食べ始めたことに、胸を撫で下ろす。
生姜はいるかと聞けば頷いたので、お肉の上に足してあげると、大きな尻尾がパタパタと動いた。あ、ちょっと可愛いかも。